クアトロエンジニアリングの入社式には、60名ほどの同期が集まった。建前上、立場も性別も問わず平等に扱うというフィロソフィーを掲げるこの会社では、全員薄橙(うすだいだい)の作業着を着用することになっている。

新入社員は場所も仕事も何もかもがわからないだろうから、2ヶ月の間は右腕に”研修中”と書かれた腕章を巻いて過ごす。その間に仕事を含めた会社に関わる全てのことを、頭に叩き込まなければならない。

腕章を巻いているうちは、何かをやらかしてもある程度は大目に見てもらえるという特権が付いている。反対に、腕章が外れてからの失敗は全て自己責任。

研修担当の人間は初日の全体研修で、そう言って僕らに釘を刺した。

その後、工場長の前で、同期の一人が新入社員代表として壇上に上がった。

全国から集まってきた僕ら元高校生という青臭い人間の中から、どうしてこの人間が選ばれたのだろう。

そんな疑問を抱きながら壇上に上がった同期を眺めていると、彼は代表として極めて模範的な姿勢や体格、そして話し方をしていた。おそらくこの人は元柔道部だろう。そう思って休憩中に名前を検索してみると、案の定、全国大会優勝の団体戦のメンバーに名前があった。

会社はそういう人間を求めていたんだ。

それが何だっていうんだ。

僕らはこの場所を勝ち取った。

在学中に積み重ねた成績や、部活、校外活動での実績、採点方法が謎だらけの内申点、そして入社試験。評価、評価、評価。

これらの評価を吟味された結果、僕は今ここにいる。

これまでの”学校”から、今度は”社会人”と呼ばれるフィールドに放たれ、今度は”会社”に評価されながら生きる。

僕も田中さんも壇上でかしこまっていたあいつも、同じ色の制服の作業着を来て、1日最低8時間もの間労働する。そして会社から評価された奴が、たくさんのお金を得ることができる。

近くの市民会館のホールを貸し切られて行われた入社式は、たった数週間前に経験した卒業式と、さほど変わらない。

充実した学生生活を送っていたとは言えない僕は、大人がいる環境に身を置くことで、教室という閉鎖された環境で起こる弱いものいじめや嫌がらせを目の当たりにすることはないと思っていた。

まさかいい年した大人が集う環境で、そんなくだらないことが起こることなんてあり得ない。そう思っていた。

なのに。