「場所や相手によって自分の振る舞い方が変わることってない?。わたし、それが激しいみたいなの」
「どういうことですか?」
「たとえば明るい友達と一緒にいれば、その雰囲気に引っ張られて自分もよく笑ったりするようになるじゃない。反対に静かな友達と一緒にいれば、自分も落ち着いたようになるような」
おそらくこれは万人にあたるもので、当然ながら僕も大友さんも無意識にしていることではある。
特別心配することではないと思うが、共感性の高い人は、価値観まで相手に合わせてしまうこともあるため、人によっては大きなストレスを感じることもある。一ノ瀬さんは敏感な人間なのだ。
「病気なんですか?」
大友さんは恐々と質問する。
的外れな質問だが、大友さんは一ノ瀬さんのことを本気で心配している。そういうところが彼女の憎めないところでもある。
「ううん、ただの気質だよ」
「気質?」
「個性っていうのかな。わたし、海猫堂にいる時は、郁江さんや誠司さんの影響を受けて明るくなってると思う。ほら。あの2人、いつも笑ってるから」
「あ、わかりました!かもめ書店には地味な人しかいないから、自分も地味になるってことですね!」
前言撤回。大友さんは、本当に言動に気を付けなければいけない。
「ふふっ。そう考えると、かもめ書店にいるときの方が気が楽かも。自分らしくいられてると思うし」
相手が一ノ瀬さんで本当によかった。
「ここにいる時は、自分らしくいられないんですか?」
「うーん。そういう訳ではないかな」
「どういう訳ですか?」
一ノ瀬さんは口元に人差し指をあてながらしばらく考える。
「わたし、恥ずかしながら、張り切って接客をすると、家に帰ってから体調を崩しちゃうんだ、今日も多分一旦ベットで死んじゃうと思う」
「大丈夫なんですか?」
「ゆっくり休めば大丈夫だよ」
「体調を崩すくらいなら、別に無理して手伝わなくてもいいんじゃないですか」
「心配してくれてありがとう。でも、2人には本当にお世話になってるから、わたしの方からお願いして手伝わせてもらってるの。だから、ここにいるのも自分らしい気がする。自分で選択しているし」
「どうしてそんなに誰かのために頑張れるんですか?」
一ノ瀬さんの澄み切った哲学を、大友さんの純粋な疑問が討つ。
「大友ちゃんと同じ高校2年生くらいの時だったかな。小さい頃に命を救ってくれた人がいたことを知ったの。その時から、自分1人で生きているんじゃない、周りの人のおかげで生きているんだって思うようになったんだ」
一ノ瀬さんは右手を愛おしそうにさすっている。きっとこの前言っていた男の子の幽霊のことを思い出しているのだろう。
ただ、一ノ瀬さんにとって大きなその出来事は、あまりに現実離れしすぎている。もし大友さんにそんなことを話しても、彼女が信じてくれるかどうかわからない。
「沙希ちゃん!ちょっと良い?」
「あ、はーい。ごめんなさい。ちょっと行ってくるね」
カウンターにいる郁江さんに呼ばれた一ノ瀬さんが席を外すと、頬杖をついている大友さんがぼそりと呟く。
「一ノ瀬さんの気持ち、あたしはよくわかんないです。誰かのためになんて……」
誰かのために。なんて考えなくて良い。考えない方が良い。
そんな利己主義を押し付けることなんて、しなくて良い。
裏切られた時に傷付くのは自分だ。
僕はそう学んだ。
でも、そんなことは大友さんに伝えるべきではない。
これはあくまで僕が経験によって導き出したものだ。それに、一ノ瀬さんではなく大友さんの肩を持つようなこともしたくない。
誰に対しても一線を踏み越えたくない。
「わかんなくても、いいんじゃないかな」
「え?」
「この先わかることがあるかもしれないし、ずっとわかんないかもしれない。でも、それでいいと思う」
誰に対しても、中途半端な距離でいたい。
大友さんは怪訝な顔で僕の目を見つめてから、表情を緩めた。
「なんか、ふわっとしてますね」
「駄目?」
「別に。なんかどうでもよくなりました」
その後、一ノ瀬さんは郁江さんが差し入れてくれたショートケーキを差し入れてくれた。
わざわざそこまでしてくれなくてもなんて思ったが、ご厚意はできるだけ受け取っておく方が後々の関係が円滑になる。
僕と大友さんはカウンターにいる2人に会釈をすると、他のお客さんには見つからないように軽く微笑み返してくれた。
「あれ?一ノ瀬さんの分は?」
「わたしの分はあっちにあるよ。申し訳ないけど、そろそろ先に帰ろうと思って」
一ノ瀬さんが指差したカウンターには、小さな家の形をした箱が置いてあった。テイクアウト用の箱は赤い屋根の部分に持ち手が付いていて、いかにも女子受けがよさそうな可愛いデザインをしている。
「一ノ瀬さん、お疲れのところ呼び止めてしまってすみませんでした」
「ううん、呼んでくれてありがとう。大友ちゃんと話せて嬉しかった。高倉さんも、またバイト先で」
「お疲れ様。気を付けて」
「お疲れ様です」
「どういうことですか?」
「たとえば明るい友達と一緒にいれば、その雰囲気に引っ張られて自分もよく笑ったりするようになるじゃない。反対に静かな友達と一緒にいれば、自分も落ち着いたようになるような」
おそらくこれは万人にあたるもので、当然ながら僕も大友さんも無意識にしていることではある。
特別心配することではないと思うが、共感性の高い人は、価値観まで相手に合わせてしまうこともあるため、人によっては大きなストレスを感じることもある。一ノ瀬さんは敏感な人間なのだ。
「病気なんですか?」
大友さんは恐々と質問する。
的外れな質問だが、大友さんは一ノ瀬さんのことを本気で心配している。そういうところが彼女の憎めないところでもある。
「ううん、ただの気質だよ」
「気質?」
「個性っていうのかな。わたし、海猫堂にいる時は、郁江さんや誠司さんの影響を受けて明るくなってると思う。ほら。あの2人、いつも笑ってるから」
「あ、わかりました!かもめ書店には地味な人しかいないから、自分も地味になるってことですね!」
前言撤回。大友さんは、本当に言動に気を付けなければいけない。
「ふふっ。そう考えると、かもめ書店にいるときの方が気が楽かも。自分らしくいられてると思うし」
相手が一ノ瀬さんで本当によかった。
「ここにいる時は、自分らしくいられないんですか?」
「うーん。そういう訳ではないかな」
「どういう訳ですか?」
一ノ瀬さんは口元に人差し指をあてながらしばらく考える。
「わたし、恥ずかしながら、張り切って接客をすると、家に帰ってから体調を崩しちゃうんだ、今日も多分一旦ベットで死んじゃうと思う」
「大丈夫なんですか?」
「ゆっくり休めば大丈夫だよ」
「体調を崩すくらいなら、別に無理して手伝わなくてもいいんじゃないですか」
「心配してくれてありがとう。でも、2人には本当にお世話になってるから、わたしの方からお願いして手伝わせてもらってるの。だから、ここにいるのも自分らしい気がする。自分で選択しているし」
「どうしてそんなに誰かのために頑張れるんですか?」
一ノ瀬さんの澄み切った哲学を、大友さんの純粋な疑問が討つ。
「大友ちゃんと同じ高校2年生くらいの時だったかな。小さい頃に命を救ってくれた人がいたことを知ったの。その時から、自分1人で生きているんじゃない、周りの人のおかげで生きているんだって思うようになったんだ」
一ノ瀬さんは右手を愛おしそうにさすっている。きっとこの前言っていた男の子の幽霊のことを思い出しているのだろう。
ただ、一ノ瀬さんにとって大きなその出来事は、あまりに現実離れしすぎている。もし大友さんにそんなことを話しても、彼女が信じてくれるかどうかわからない。
「沙希ちゃん!ちょっと良い?」
「あ、はーい。ごめんなさい。ちょっと行ってくるね」
カウンターにいる郁江さんに呼ばれた一ノ瀬さんが席を外すと、頬杖をついている大友さんがぼそりと呟く。
「一ノ瀬さんの気持ち、あたしはよくわかんないです。誰かのためになんて……」
誰かのために。なんて考えなくて良い。考えない方が良い。
そんな利己主義を押し付けることなんて、しなくて良い。
裏切られた時に傷付くのは自分だ。
僕はそう学んだ。
でも、そんなことは大友さんに伝えるべきではない。
これはあくまで僕が経験によって導き出したものだ。それに、一ノ瀬さんではなく大友さんの肩を持つようなこともしたくない。
誰に対しても一線を踏み越えたくない。
「わかんなくても、いいんじゃないかな」
「え?」
「この先わかることがあるかもしれないし、ずっとわかんないかもしれない。でも、それでいいと思う」
誰に対しても、中途半端な距離でいたい。
大友さんは怪訝な顔で僕の目を見つめてから、表情を緩めた。
「なんか、ふわっとしてますね」
「駄目?」
「別に。なんかどうでもよくなりました」
その後、一ノ瀬さんは郁江さんが差し入れてくれたショートケーキを差し入れてくれた。
わざわざそこまでしてくれなくてもなんて思ったが、ご厚意はできるだけ受け取っておく方が後々の関係が円滑になる。
僕と大友さんはカウンターにいる2人に会釈をすると、他のお客さんには見つからないように軽く微笑み返してくれた。
「あれ?一ノ瀬さんの分は?」
「わたしの分はあっちにあるよ。申し訳ないけど、そろそろ先に帰ろうと思って」
一ノ瀬さんが指差したカウンターには、小さな家の形をした箱が置いてあった。テイクアウト用の箱は赤い屋根の部分に持ち手が付いていて、いかにも女子受けがよさそうな可愛いデザインをしている。
「一ノ瀬さん、お疲れのところ呼び止めてしまってすみませんでした」
「ううん、呼んでくれてありがとう。大友ちゃんと話せて嬉しかった。高倉さんも、またバイト先で」
「お疲れ様。気を付けて」
「お疲れ様です」