30分くらい経過すると、大友さんは何度も注文したミルクティーをちびちびと口にしながら、バソコンの画面ではなく僕の顔をちら見する。


「ごめん。わかり辛かった?」

「あ、や、そうじゃなくて。蒼さん、熱心だなーと思って」


大友さんはなぜか嬉しそうに僕の顔を見る。


「そりゃあ、やるからにはちゃんと教えたいし」

「なんか、あたし、誰かにこんなに熱心に教えてもらったのは初めてかもしれません」


わかりやすく説明しようと(くわだ)てていたことが、こんなにも珍しがられるなんて思ってもみなかった。

ただ、冷静に考えてみると、この状況は何かの勧誘をしているようにも見えなくもない。そう考えた途端、急に今の自分の行いが恥ずかしく思えてきた。 いつから偉そうに物を言える立場になったんだろう。

先に集中力が切れたのは僕の方だった。


「ちょっと休憩しようか」

「え、早くないですか?」


恥ずかしさを紛らわすために、冷めてしまったアメリカンコーヒーを口に含む。


「ずっと気になってたんだけど、大友さんはどうして僕の仕事に興味を持ったの?」

「うーん。本当は、蒼さんに興味を持ったというか」

「は?」

「や、そういう意味じゃなくて」


彼女は(いた)って冷静に僕の勘違いを訂正した。重ねて自分を恥じた。


「だって、普通に考えたらおかしいじゃないですか。蒼さん、まだ若いのに田舎で隠居(いんきょ)だなんて。しかも普通じゃない働き方してますし」


歯に衣着せぬ言い方。なるほど確かにそうかもしれない。

彼女は世間から見えている僕の姿を、そのまま伝えてくれた。

大友さんが2回も言った「普通」とは、一体なんなんだろう。

学校を卒業し、会社に勤め、時期が来れば結婚をして子どもが産まれる。子供が独独り立ちする頃に定年を迎え、老後の余生を送る。やがてどちらかが先立ち、残された短い期間をしばらく過ごすうちに、この世の生を終える。

こういうことなのだろうか。

彼女の目にはその普通という枠組みから逸脱(いつだつ)した存在として写っているのだろうか。


「一応は働いてるから、どこにでもいる普通の人間だと思うけど」

「蒼さんは自分で生き方を選んでるような気がします。だって、本当はバイトなんかしなくても生きていけるじゃないですか」

たしかにそうかもしれない。

独り身である僕はたいした趣味も持っていないため、手持ちの仕事を増やしさえすれば、生活はどうにでもなる。ただ、自分で仕事をする上での弊害も少なからず存在する。

在宅での仕事が増えると、人と接する機会が極端に減る。

これがなかなか耐え難い苦痛であることをやってみてから知った。それに社会との接点を完全に断ち、浮世離れした人間になるのもまた嫌だと思った。