朝番の人の仕事を引き継ごうと売り場に向かうと、いつもレジにいるはずの大友さんが文庫本の品出しをしていた。


「大友さん、おはよう」

「あ、蒼さん。おはようございます」


大友さんは僕に視線を送ることなく、平台に面陳された文庫本を睨みつけている。眉間には(しわ)を寄せ、わかりやすく口元をへの字に結びながら。


「今日は大友さんが品出ししてくれているんだ」

「はい。時間があったのでやれるだけやっておきました」

「ありがとう。で、何かあったの?」

「いや、ね、ここに並んでいる本を書いた人達がライバルなんだと思うと、つい」

「は?」


大友さんが(にら)みつけている棚に目をやると、本屋大賞に選ばれた大御所作家や、読書好きでない人にも認知されている文豪の小説が置いてあった。威嚇先はもう少し考えたほうが良いのでは。


「大友さんは、小説家を目指してるんだっけ」

「はい!だからこの売り場にいる作家さんはみんなライバルなんです」


大友さんはさらに鋭く目を細める。こういう言い方をするのは失礼だが、随分威勢が良いなこいつは。

そこに並んでいるのは、文才を携えた人間が創った文章を編集者が洗練させ、そこにイラストレーターやデザイナーなど様々な人間が関わり一冊の作品として世に出たもの。

それをライバルだと言ってのけるのは、よほどの自信家か、ただ単に無知なのか。


「大友さんは、どうして小説家を目指してるの?」

「なんか格好良いじゃないですか。文章の達人って感じがして」


一応は認めているようだから、無知ではなさそう。


「格好良いだけだったら、別に小説家じゃなくても……」

「いえ、小説家じゃないと駄目なんです」


大友さんは僕が余計な口出しをすると、大抵話を(さえぎ)るように反論してくる。彼女が反論してくれるおかげで、罪悪感を感じなくては済むが。


「まあ、目標は高いに越したことはないよね」


これ以上彼女の機嫌が悪くならないように、できる限り肯定しておくと、大友さんは満足そうに


「蒼さんもそう思いますよね!来週はよろしくお願いします!」


と、この前の約束を口にした。

彼女は小説家ではない僕にどうして教えを()うのだろう。小説家を目指す前に、文章でお金を稼ぐ方法でも知りたいのか。

だったら、虫がいいとすら思う。

けれど、この前は引き下がってもらうためだとはいえ、承諾してしまったものは仕方がない。まあいい。

僕の仕事なんて所詮誰でも出来るし、世の中には変えはごまんといる。大友さんに教えようが教えまいが、別に僕の仕事が減るわけでもない。

それに失礼だが、大友さんがこの仕事ができるとは思えないし、彼女が本気で小説家を目指しているのかも(はなは)だ疑問だったから、試してみたいとも思った。


「あまり期待しない方が良いよ」


そう言うと、大友さんは僕の顔をまじまじと見つめる。


「蒼さんって、なんか冷めてますよね」