歩いて十分ほどに位置する最寄駅から各駅停車の電車に乗り、4つめの汐丘駅で降りる。
小高い丘の上にあるこの駅は、ほとんど無人に近い状態だ。駅を出てすぐの大通りは、そのほとんどがシャッターで閉ざされており、時代に取り残された様をありありと晒している。
そんな汐丘駅前の大通りだが、人の姿は決してなくならない。なぜなら通りの先にある展望台から一望できる海の景色があるからだ。
人気急上昇中の若手俳優である門脇まりもが、バイクに乗って日本の隠れた名スポットや凄い人を探す番組『ヒッチバイカー』でこの展望台に訪れて以来、休日は観光客が訪れるようになった。
展望台の隅におまけのように据え付けられている『恋人の聖地』にありそうな鐘は効果があるのかわからないが。
門脇まりもが来てから、訪れた観光客がSNSで展望台を拡散していった。
ある日誰かがシャッター通りの様子を世界に拡散すると、多くの人が「いいね」を付け「廃れ具合がイイ」「こういうとこ好き」などと、勝手に称賛していた。
世の中に存在するものは、常に全世界に晒される危険を孕んでいる。
まあ、そのおかげで、今から訪れるカフェが人気店になったのは間違いないのだけれど。
大通りの一番端にある小さな建物は、展望台から最も近いお店だ。
建物の入り口には中世ヨーロッパのような雰囲気を持つ木製扉があり、その前には黒板型の立て看板が置いてある。丸みを帯びた文字で書かれた『海猫堂』の文字は、見るだけで店主がどんな人間なのかが容易に想像できた。
扉をゆっくり引き開けると、上部に付けられた小さな鈴が遠慮がちに鳴った。
「いらっしゃい」
「どうも」
店内に入ると、カウンターにいる年配の女性が僕に気付いて小さく微笑んだ。
わずかに流れるジャズの音楽と、物腰柔らかなの店主の陽気な話し声。加えて暖色系の電灯が照らす温かな灯りが、訪れる者の日常を忘れさせる。
居心地が良いこの空間は、強いこだわりがなければ作ることができないだろう。
そう考えると、先ほど僕に微笑みかけたあの人のバイタリティはかなりのものだ。様々な人生経験を積んだからこそ辿り着ける余裕のある振る舞いは、僕らひよっこには到底届きそうにない。
海猫堂はこの女性と旦那さんの二人で経営している。
元々都内の方で働いていた旦那さんが、仕事を定年退職したタイミングで地元であるこの土地に戻り、長年の夢だったカフェを開いたらしい。この前訪れた時、たしか隣のカウンターにいたお客さんがそう羨んでいた。
店主に出来ているかわからない愛想笑いをしながら軽く会釈し、一番奥にある一人がけのテーブル席に向かう。
いつもなら空いているはずの特等席には先客がいた。
同年代だと思われる先客の女性は、わずかにブラウンがかった色の髪を簡易的に後ろに纏め、テーブルの上に並べたケーキに撮影用のライトを当てながら何度も考え込んでいた。
手のサイズより二回りも大きいレンズが付いているカメラを構える格好はどこかぎこちなく、見ているこちらがはらはらする。
明らかにオーバースペックの武器を使いこなせていないような気がしたが、一生懸命さだけは伝わってきて、庇護欲を刺激する。
見覚えがあると思って見ていたら、彼女は手を止め戸惑った表情をした。が、僕の方に視線を向けることなく、カメラのモニターを眺めながら設定ボタンを押し続けていた。
小高い丘の上にあるこの駅は、ほとんど無人に近い状態だ。駅を出てすぐの大通りは、そのほとんどがシャッターで閉ざされており、時代に取り残された様をありありと晒している。
そんな汐丘駅前の大通りだが、人の姿は決してなくならない。なぜなら通りの先にある展望台から一望できる海の景色があるからだ。
人気急上昇中の若手俳優である門脇まりもが、バイクに乗って日本の隠れた名スポットや凄い人を探す番組『ヒッチバイカー』でこの展望台に訪れて以来、休日は観光客が訪れるようになった。
展望台の隅におまけのように据え付けられている『恋人の聖地』にありそうな鐘は効果があるのかわからないが。
門脇まりもが来てから、訪れた観光客がSNSで展望台を拡散していった。
ある日誰かがシャッター通りの様子を世界に拡散すると、多くの人が「いいね」を付け「廃れ具合がイイ」「こういうとこ好き」などと、勝手に称賛していた。
世の中に存在するものは、常に全世界に晒される危険を孕んでいる。
まあ、そのおかげで、今から訪れるカフェが人気店になったのは間違いないのだけれど。
大通りの一番端にある小さな建物は、展望台から最も近いお店だ。
建物の入り口には中世ヨーロッパのような雰囲気を持つ木製扉があり、その前には黒板型の立て看板が置いてある。丸みを帯びた文字で書かれた『海猫堂』の文字は、見るだけで店主がどんな人間なのかが容易に想像できた。
扉をゆっくり引き開けると、上部に付けられた小さな鈴が遠慮がちに鳴った。
「いらっしゃい」
「どうも」
店内に入ると、カウンターにいる年配の女性が僕に気付いて小さく微笑んだ。
わずかに流れるジャズの音楽と、物腰柔らかなの店主の陽気な話し声。加えて暖色系の電灯が照らす温かな灯りが、訪れる者の日常を忘れさせる。
居心地が良いこの空間は、強いこだわりがなければ作ることができないだろう。
そう考えると、先ほど僕に微笑みかけたあの人のバイタリティはかなりのものだ。様々な人生経験を積んだからこそ辿り着ける余裕のある振る舞いは、僕らひよっこには到底届きそうにない。
海猫堂はこの女性と旦那さんの二人で経営している。
元々都内の方で働いていた旦那さんが、仕事を定年退職したタイミングで地元であるこの土地に戻り、長年の夢だったカフェを開いたらしい。この前訪れた時、たしか隣のカウンターにいたお客さんがそう羨んでいた。
店主に出来ているかわからない愛想笑いをしながら軽く会釈し、一番奥にある一人がけのテーブル席に向かう。
いつもなら空いているはずの特等席には先客がいた。
同年代だと思われる先客の女性は、わずかにブラウンがかった色の髪を簡易的に後ろに纏め、テーブルの上に並べたケーキに撮影用のライトを当てながら何度も考え込んでいた。
手のサイズより二回りも大きいレンズが付いているカメラを構える格好はどこかぎこちなく、見ているこちらがはらはらする。
明らかにオーバースペックの武器を使いこなせていないような気がしたが、一生懸命さだけは伝わってきて、庇護欲を刺激する。
見覚えがあると思って見ていたら、彼女は手を止め戸惑った表情をした。が、僕の方に視線を向けることなく、カメラのモニターを眺めながら設定ボタンを押し続けていた。