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 「やってしまった……」

 俺は、畳の上に座り込む。あの後、ひなは無言のまま自分の家へと帰ってしまったのだ。それから、俺を避けるようにこちらの家に来なくなってしまった。
 まあ、あの時に引き留めてすぐに謝らなかった俺が悪いのだけれど。

 この世界はどうなっているのだろうか。

 ___ひなは、実在する人物なのだろうか。

 俺の中にひとつの疑問が生まれる。もし俺がこの世界でユウレイとして生き続ける毎日になってしまえば、きっと俺は耐えられない。でも、もし、もし俺が元の世界へ帰れたとして、俺の存在はひなの記憶に残るのだろうか。ひなの存在が俺の記憶に残るのだろうか。
 今までの人生を振り返っても「ひな」なんて名前は聞いたことがなかったからだ。


 ___ひとつ、例外を除いて。


 俺は居ても立っても居られなくなるかのように、慌ただしく立ち上がる。

 俺がこの世界へ来る前、ばあちゃんから何の話があった?
 数日前の記憶をたぐり寄せる。

 俺の誕生日を祝ってくれた?確かに祝ってくれた、おめでとう、と。
 でも、それじゃない。俺がずっと引っ掛かっていたもの。


 ___"……ひなちゃんのこと、よぉ思い出すねぇ"


 頭の中で、ふとばあちゃんの呟く声がリピートされる。

 「ひな、ちゃん……思い出す……?」

 なんで。もしこの世界が、本当に過去だとするならば、ばあちゃんは必ずひなの存在を知っているはずだ。そんなばあちゃんが、どうして突然ひなの話を始めたのか。

 あぁ、もう。なんでばあちゃんの話を軽く受け流したんだ。

 喉まで出かかった答えがなかなか思い出せずに、イライラと頭を掻く。

 なんで俺の誕生日にひなを思い出す?なんでひなを俺は知らなかった?何かその日に深い因縁があったのか。

 ふと、いつものように置いてあるちゃぶ台の上の最新の新聞が目に入る。


 「七月四日……?誕生日の前日、か」

 明日になれば何かわかるかもしれない。
 ___そう思った瞬間、背中から何かが這い上がるかのような悪寒が走った。


 違う、忘れてはいけない。絶対に今、何かをしなければいけない。


 警報が鳴るかのように、心臓が激しく脈打つ。俺は何を忘れてる?
 ひなが明日、何をするんだ。何を起こすんだ。そんなの、明日にならなきゃわかんないだろ。

 無意識に握りしめていた膝の上の拳が鬱血するかのように白くなった。

 とにかく、このままではいけない。そう俺が言っていた。このままひなと会わないままになれば、間違いなく俺は何かを掴み損ねる。また、何かが溢れる。


 時刻は十六時。

 平日授業の、終了時刻を示していた___。