どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しいーーこんな自分のことが大嫌いだ。
 四月
 窓から桜の花びらがちらちらと流れ入る。それと同時に温もりある陽気も一緒に流れ、春の訪れを知らしてくれる。
 ちらちらと散って教室に入る花びらは僕の前にある席へそっと着地を成功させた。
 これは一枚の桜の花びら。
 ピンクの花びらはちょっと濃い目がかかったピンクに見える。
 今の僕にはこれは一枚の花びら。
 五月
 前の席に白く小さい子が座っていた。おそらく前を向いて座っている。お行儀良く、手を丸め正した足の膝あたりに添えている。それだけではなく、背筋もビシッと綺麗に伸びている。
 椅子を引いて僕は自分の席に着く。見間違えかもしれないが子は少し鮮やかで薄いピンク色を発色させた。
 六月 
 窓を見るのが億劫な時季。外は雨だし、雲もあるし、暗いし。誰もいない静まった教室。僕はなんて失態を犯してしまったのだろう。傘を忘れたのだ。薄暗い教室、僕は机に突っ伏した。
 流れる時間。
 目を開く。
 前の席に一枚の花びらと一枚の手紙が置いてあった。
 "後ろの席の君へ"
 名前は書かれていなかった。けれど、この席の後ろはどう考えようとも一つしかなく正真正銘僕しかいない。手紙の封を開けた。
 "女の子です"
 彼女は僕の心を読めるのだろうか。
 七月
 窓の外を見たくても見れない時間。今日は一学期最後のテスト日。ペンを握り一問一問丁寧に答えていく。気を抜かして書く速さを速くしたり、問題を間違えてペンを置くことは断じて許されない。一問一問、緊張感とプレッシャーを持って挑むテストは高校受験以来。 
 ふとペンの頂上を見る。ペンの上で踊って遊んでいる彼女を見るととても邪魔してはいけないようが気がしたし、ペンなんて置いたら一体彼女はどうなるだろうとか考えるととても自分にはできない芸当だと感じた。ただ、彼女を見ているとそんな僕の心をそっと包み込んでくれてとても癒される。
 見事、一問も間違えず(正解とは言っていない)、ペンも早めたりせずにこのテストを終えた。
 八月
 窓の外から見える山々。どの山も鮮やかな緑をしており絵具で描かれたかのよう。単色の緑と青。夏は暑くなければいい。今、この教室はとても蒸し暑くて快適とは到底お世辞でも言えない。忘れ物に気づき取りに来たのだ。 
 教室後ろの棚に顔を覗かせる。ただお目当ての忘れ物はそこになかった。それを知った僕は落ち着きの無い状態に陥ろうとしたが自分の机を見てそれは止まった。
 机の上に二冊の学習ノート。ペラペラとページをめくっていく。一枚白い何かが飛び出し床へと向かって落ちていく。僕は手をお椀の形にしてそれを受け止めた。落とさずに済んだ。 
 白い何かはあの花びらだった。ただ少し青白い花びらを見ると痛々しく感じる。僕はその花びらをハンカチにそっと畳んでポケットに入れ、学校を出た。
 なぜだろう。ポケットが少し熱い。
 九月
 体育祭。走るのが遅く、体力も持たないこの運動音痴は基本何の競技にも参加しないから教室で自分の席に座りながら窓越しに自分の団にエールを送る。
 彼女は机の周りを走っている。必死に腕を振っている。速いのか遅いのかは標準を知らないのでわからないが真剣に腕を振っているところから彼女なりに必死に頑張っているんだろう、きっと。
 何回か走った後に立ち止まり僕の顔を伺っているように見える。何かを伝えようとしているようにも見える。
「僕も少しは頑張らないとね」
 席を立ち、僕は運動場へと足を進めた。
 十月
 文化祭。友達のいない僕はもちろんのこと一緒に回る奴なんていない。だから、僕はこの日は誰もいない空いている教室を探し一人ポツンと腰を下ろしてる。
 普段誰も通らない通路だからこそ騒がしい声も聞こえない為一人静かにその場にいることができた。 
 この時季でも最近はまだ暖かい。ポカポカの陽気に包まれるとやはり睡魔に襲われ僕は夢へと招待された。
 見たことがある情景を起きて目にした。僕の足元に一通の手紙があった。わからないが送り主は前回と同じなような気がなんとなくした。
 "もう一回何か喋ってみてよ"
 十一月
 日が沈みすっかり暗くなった外の景色。テストも近いので少し居残って勉強することにした。ただ、ひょこっと筆箱の後ろから顔を覗かせる彼女の姿を見て勉強できないなと悟った。
 あの手紙以降僕は彼女にただ独り言をぶつけている。ぶつぶつと何気ない事を話している。不思議なことに彼女はピンクに少し染まるだけで何もしない。ただただじっとそれを聞いている。
「来週テストなんだけどちょっと面倒くさいなって」
 今日も彼女はいつも通りだった。
 十二月 
 一回居眠りした日があってまた手紙があった。
 "二十五日私を持ち帰って"
 今日はその二十五日。前みたいにハンカチに包んで家に運んだ。彼女は騒いでいた。クリスマスという行事を精一杯楽しんでいた。と言ってもクリスマスソングに合わせてただ踊っているだけであまりクリスマスとは感じなかった。 
「あ、そうだ」
 机の棚の奥深くから幼稚園の時にまつぼっくりで作ったツリーを取り出した。捨てなくてよかった。ただ、捨てようとも捨てれなかったと思う。このツリーの植木鉢部分に"H,S"と刻んでいた。これは僕の初恋の相手だ。捨てるという概念はなかなか生まれず、昔いた友達にバカにされそれが生まれたんだ。
「初恋の春野桜さんに感謝だね」
 この時彼女を見るのがちょっと恥ずかしかった。
 一月
 クリスマスの時以来僕は彼女を見ていない。ただ、手紙での返事があるだけだ。多分自分の部屋にいるんだろうけど毎日朝起きたら手紙が置いてあるからなんとも思わなかった。
 "もう少し、あともう少し"
 最近彼女が変だなと思うだけでなんとも思わなかった。
 二月
 "待っててね"
 彼女の手紙はこれで終わった。あれから二週間が経った今も手紙は返ってこない。何もしていないけど多分飽きられたんだなと思った。僕は所詮こんな人間なんだ。昔からそうだったんだから。
 幼稚園はお得意の人見知りで友達にはいじめの標的とされある一人を除いて誰一人として相手にしてくれなかった。ある一人、それがあのツリーにも名前があった春野桜。ただ卒園式の何日か前に完全に避けられたから僕はお邪魔虫になったんだと、味方が誰一人としていなくなったこの状況を理解した。
 小中は幼稚園の時よりかまってもらった。あぁ、いじめてくれるんだよ僕のことを。机の落書き、靴の中に画鋲とか何か捨てられたりとか、仲間はずれとか。ただあの時は一人じゃないんだって、ただそれが嬉しくて無理でも彼らに着いて行った。暴力は当たり前の学校生活。ただ否定する自分は存在しなかった。
 けどね、時々その光景を悲しそうな目で見ていく春野桜の姿を見る時だけ気分がむしゃくしゃしていた。完全に捨てられたんだから、僕は絶対に彼女に復讐したいと見るたび思うようにしていた。彼らよりも腹が立っている。それは今も変わらない。
 中三でいじめがなくなった時には孤独という物に最高に浸った。飽きられる事を心配しなくていいとか、他も色々と良いことがある。その時から僕は人生という物を最高に楽しんでいた。
「"待っててね"か。何がだよ」
 ボソッと口にした勢いのある独り言。
 三月
 私には謝りたい人がいる。花山哲。幼稚園の時の初恋の相手だ。物静かな男の子が彼しかいなかった。だから恋をして好きになった。だからいっぱい話をしようと自分から喋りに行った。
「ねぇねぇてつ」
 けど付き合うとかはまだ中学生とか高校生とかの遊びの一種だと思っていたから年齢制限みたいなのがあると思っていた。だから中学まで良い関係でいようと思って話続けようと頑張った。
 周りからすごい批判された。
「あの子は暗いから大人になったら殺人とかしそう」「犯罪者みたい」「キモいよね」
 周りの評価が高い子ではないのは知っていたけどそれ以上に皆彼への当たりは強かった。
「桜ってさ哲の事好きみたいだよ」 
 周りにこれが知れ渡った以上私には居場所がなかった。終いには私までいじめられかけたから遂に私は周りに負けてしまった。私の恋とはここまでの物だったんだ。それがわかった時は一人暗い部屋で体の水分を無くすくらい泣いた。涙をただぼたぼたと。
 小中も私は彼に何もできなかった。怖かった。哲がじゃなくて周りの皆がだ。
 だから謝りたい。けれどね、中三になった時と同時に私は病気に罹った。だからもう哲とは会えなかった。ただ私は桜に生まれ変わった。そして今月、遂に私は手に入れた。
「これでやっと話すことができる」
 手紙を久しぶりに哲の枕元に置いた。
 "待たせてごめん。三十一日に私を誰もいない所へ連れて行って。話したいことが山ほどあります"
 この日に私は決着をつける。
 この長い苦しみを今日終わらせる。そして私は…。
 ・
 久しぶりに手紙があった日の朝、僕のテンションはおかしかった。久しぶりの手紙と彼女の安否といった嬉しさ、何今更と思ったり好都合と思う彼女に対する不満。これらが絡み合った。
 文字を読むにつれ不満が高まっていく一方だが久しぶりのお願い。僕はやはり嬉しかった。
 三十一日 
 枕元に手紙とその横で彼女は寝ていた。桜じゃなく人だった。眠く閉まっていた瞼がこの時パチリと開いた。前まで白く目や鼻といった顔のパーツがなかった白い人形の彼女は人へと変わっていた。このことに驚かずにはいられなかった。摩訶不思議な事が起きていた。
 手紙の事を思い出す。彼女の事に目が行きすぎて手紙なんてただの紙で、存在はそこら辺の砂利とかと変わらなかった。おそらく、いやほぼ確実だろう。これの送り主は彼女桜であり、実は人だった。
 彼女をどかす事になった。僕の大事なかばんの上で寝ている。どかすのに少しためらいがあったがお構いなくどかした。けれど、木の板の床で横になるのは流石に可哀想に思えたので自分の布団へと移動させた。彼女のすやすやと眠っている顔は可愛かった。
 手紙の封を開ける。
 "お待たせ。あそこに行きたい。私が桜となって君と会えた場所。暖かったしもう一回行ってみたい"
 かつて目の前にあった空席を思い出す。ひらひらと降り落ち机にそっと着く桜を思い出す。
「教室…かな…」
 彼女が目を覚ました。いつも一緒にいたからか初見ではないような気がした。そうだったな。僕らは約一年間一緒にいたんだもんな。授業中もテスト中もプライベートの時間の時も。あの可愛い踊りを思い出すとなんだか笑みが出る。 
「早いな…」 
 ・
 教室に来た。彼女は寝ていた。起こそうとしたが起こす気も和らぐこの顔はなんとも卑怯なものなんだろう。誰もいない静まった教室で僕も眠りにつくことにした。
「おはよう」
 そう言った人、彼女だった。一年近く謎の出会いをして今も尚一緒にいるあの一枚の花びらだった子。前の席に逆向きに座って僕の顔を覗いている。
「あぁ、おはよう」
 彼女の顔といい、服といいいずれもどこかで見たことがあるんだがなかなか出てこない。それにしてもしっとりと耳について落ち着く声は僕を魅了させる。
 教室が暗いのはもう既に十八時を過ぎているからだ。
「君が寝坊助だからもう夜だよー。あの夕日とかもう一度君と見たかったのに。残念だなー」
 綺麗ではないんだけど誰おも可愛いと言わせる正しくふっくらとした顔、可愛い横顔を僕に見せて。窓の向こうを見ながら彼女は言った。
「なんで今まで喋らなかったの?」
 率直な質問。特に理由なく僕は口にしていた。けれど言った後、なぜか申し訳なさが僕を包んでいた。
「なんだかきついね。喋れなかったんだよなー。いろいろあって」
 後で話すよ、と言って彼女は僕の手を掴み引っ張っていく。
「外行こうよ。なんだか暑くなってきたし、ちょっと涼しい外に行きたい」
 特別暑くない部屋を僕たちは後にした。
「暑くなかったよね」
 今僕はさまざまな疑問を持っていたんだけどなかなか一つ一つが出てこない自分に少し苛立っている。
「暑いんだもん。君といると」
 なんで、と口にしたくなるがその必要はなかった。彼女が全て口にした。
「春野桜。私の名前です。中学までの幼馴染なんだけど覚えているかな。幼稚園の時少し話たでしょ。その時の女の子」
 さまざまな疑問がある程度まとめられた。大体を理解した。はずだけどあまりにも非科学過ぎて信用ならなかったがあの顔を見て初見じゃないとか考えると信用は多少できた。
「あのね、実はあの時哲の事が好きだったんだ。だからあの時たくさん話したの」
 信じられなかったから言った。
「話すだけじゃ何にもならないし変わらない。そして僕は今無性に君を殴りたい」
 ここまで話したらもう何も躊躇うことはなくなった。僕がここまでに抱いた感情、全てを桜にぶつける。今はただそれだけを考えていた。前から描いた妄想だった。人に話しかけて、知らぬ間に話さなくなる。あの時を忘れたかのような。無駄をこれほどかってぐらい追求して貯めていったこのくだらない糞な人生。
「糞はお前だよ哲。女に手を出したいとかお前変わりすぎだよ」
 私は心が読める、そう言う桜の顔を見ると僕はもう万事休すのようだ。我に返った瞬間だった。
「あのね、桜になって君に会いに来たのは最後の一年だったから。私がこの世を真っ当できる最後の一年」
「えっ」
「そうなるよね普通。中三の時に私見たことある?」
 ただでさえ周りを見ないで有名になった中三の時期。例え初恋の相手だろうと僕にとってはそれはもう他人扱いのラインにあった。
「あったら怖いよ。だってあの年、私はずっと病院にいたんだから」
 背筋がゾッとした。病院と聞いて浮かび上がるあの言葉が出てくるのに怖気付いた。頼む、頼むから出てこないでくれ。願いは通じなかった。
「私、死んだの。高校になる前に。けどね死んで目を覚ますともう次期に亡くなる高校生へと転移していたの。君の前の席の子、学校に来たことあった?」
 言葉が出てしまった時の絶望感がまだ僕を包んでいた。何も抵抗はなくなる。
「これもあったらおかしいよ。その子死んだから。それが私が一回転移した子なの」
 彼女は事情を全て話した。淡々とした初めて彼女の声を聞いた時の口調は保たれたままだった。顔もたまに笑みを浮かべるけどそれは決して嬉しいとかの笑みじゃなくて僕に悲しんで欲しくないようなそう看守る瞳をしていてそれはしっかりと表情に出て連動していた。
 その後全て話してくれた。桜は中三の時に病気で死んでしまい気づいたら前の席の子に転移した。ただその子も余命はもう無く死んでしまった。次に目を覚ましたら桜へと変わってしかも哲、そう自分の元に知らぬ間に辿り着いていた。ここまでは僕と再会するまでのお話。
 僕と再会して桜は驚いたらしい。ほぼ自由な体を持ってほぼ毎日哲と遊べたから、こんなにも楽しい日々を過ごせる時間がすっごい幸せだったようだ。ただ桜がいきなり姿を消した一月に全てを知らされたようだ。
 "余命までもうすぐです。桜へと変わりそろそろあなたの時間は終わります"
 寒気が走ったらしい。口が開かなかったらしい。頭の回転が今までで一番遅かったらしい。そもそもそれを日本語とは判断できなかったらしい。たくさんのらしいで全て推測であり実際は時間がなかったと桜は語った。寝て出てきた夢でこの状況が再現され現実の出来事だったんだと知ったんだとか。
 それならば少しでも哲と会おう、桜は一番最初に思いついたがすぐさまに止め、会わないことを決断した。"こんな気持ちで哲となんか会えない、気を使わせてしまう"と桜は考えたそうだ。
 "辛かった"と桜は簡潔にわかりやすくまとめた。誰かといたいだろう、その気持ちはやや理解できる。なんで気づけなかったんだ俺。そう自分を悔やんだ。
 そして今日がおそらく最終日のようだ。今日を迎えると桜はおそらく…、いやこの言葉は今はやめておこう。ただその最終日も俺のせいで残り六時間もない。再び自分を悔やみ拳を作り自分の太ももに思いっきしぶつけた。じんじんと痛み赤い痕がゆっくりと出てくるだろう。
「あのね、言いたかったことがあるの」
 満天に晴れている星空で情景描写とか一向に無視したこの状況。桜は星空を見上げ一言一言はっきり言った。
「私、哲の事好きなんだよ」
 さっきの痕ぐらいに今頬は赤く染まっていると思う。さっきも一回言われたのに二回目はかなり何かが動いた。そしてそれはからくり装置のレバーの役割を果たした。
「俺も、桜の事が好きでした」
 そっぽをむいてつい口に出してしまった言葉。言ったのを弁解しようとして顔を振り返って桜と目があった時は心臓が跳ねた。心臓は跳ねて力尽きた。俺はもうなんとも恥ずかしいとかの感情を一切捨てた。
「だからさ…」
 桜の頭の後ろに手を差し伸べ自分の方へと動かす。目があったままの桜の目は最初は開いていたものの顔が近づくにつれ閉じていく。
 "繋ぐ"
 これは暖かいものだった。少し冷えた体もそれをきっかけに熱を呼び起こす。
 元に戻すと桜は少しニヤケを浮かべていたが幼い時に見た自然そのもののあの笑顔へと変わった。
「哲は変わっちゃダメだよ、あれが一番似合ってんだから」
 しばらく楽しく会話をした。先の事など忘れ二人は盛大に笑ったり、時にはシンとした休憩も挟みつつ過去を振り返ったりしてこの約九年間の思い出をお互い話し合った。どれだけ待ち望んでいた瞬間だろう。長い長い時間だった。
 ・
「じゃあそろそろ行くね」
 楽しい時間はあっという間なのは本当のようだ。血流が止まったぐらいの危機感を覚える。けれど、俺は男だ。絶対に泣いてはならないし彼女の発言、行動を決して止めてはならない。
 桜は立ち上がる。最後の恥ずかしいところは見られたくないからとここで別れる事にした。
「哲さ、好きな人作りなよ。私は平気だから。私の分の人生も楽しんでね」
 暖かい視線の方向には俺がいた。桜は強い意志を持って覚悟していて、本当は怖いだろうにそれを一切出さなかった。
「約束するよ、絶対」
「浮気だ」
「ごめんな、けど桜のお願いだから守らなくちゃ」
「わかってるよ」
 またお互い見つめ合う。あんな事思ったけどそれらは全て偽造のものなんだと桜を見てわかった。桜の目からは今にも、桜の体は今にも、そんな状態の桜。
 限界だったんだろう。走った。桜は俺の所へ来た。俺の胸へと飛び込む。
 そっと、腕で桜を包むと桜は鼓動へと変わっている。ドクッドクッっと震え、顔はもうくしゃくしゃだった。
「やっぱり大丈夫、このままでいい。このままでいたい」
 自発的に腕に力が入った。何もできない自分の決死の想いとなるよう、そう願掛けをかけて。
 四月
 俺の目の前にドーナツがあった。手と手が連結し、ドーナツ状になっている。穴を作っていた物は跡形も無く消えた。あんなに大きかったのに、俺と同じくらいの大きさだったのに。
 夜だったから帰ろうとした。もしかして、まだ近くにいて俺を見ているんじゃないかと思ったから涙とか感情は出さないように決めた。顔には出なかったが膝の力が抜け崩れ落ちる。
 "ただ普通に愛したかった。だけど俺の人生はそれを許さなかった。なんでだろう。それは俺を絶対に支えるという人がいたから。俺は脱線していたんだ。それを正そうと、線路に戻そうと自分の命を犠牲にしてまで、そんな体験をさせ今後自分はどうするかを決めれる。それは愛される人生だったからなんだ"
 家に帰ろう。腰を上げる。重い想い腰を持ち上げる。
 危うく気づかない所だった。白い何かがあった。それは一枚の桜だった。ちょっと湿っていて、ちょっとピンク色が濃い桜。拳に力が入った。
 ・
 窓から桜の花びらがちらちらと流れ入る。それと同時に温もりある陽気も一緒に流れ、春の訪れを知らせてくれる。
 ちらちらと散って教室に入る花びらは僕の前にある席へそっと着地を成功させた。
 これは一枚の花びら。
 ここまでは去年と一緒だった。違うのは目の前が空席では無いこと。けれどそれは俺への春の訪れを知らせてくれた。

 俺は今年、二つの春を過ごした。自分の宝物もきっと喜んでくれるだろう。
 少しだけ息がしやすくなった気がした。