言いながら、彼は、石灯籠の中などを覗き込んで何か置かれていないかを確認していく。

 小屋の中に入って棚を奥を確認しながらスマホを鳴らすと、鈴虫みたいに微かな音色が聞えてきた。拓馬は耳を凝らしながら腕を伸ばしている。ずっと、手探りで指先を辿りながら首をかしげた。

「えっ……、何で、こんな場所にあるんだ」

 背の高い拓馬君でさえも背伸びをして奥を探らなければいけない。珠洲は汗だくの拓馬君の背中をジッと見つめていたが腑に落ちなかった。何で、あんな場所にあったのだろう。とにかく見付かってホッとしていた。

「あ、ありがとう……」

 腹部に力を込めながら決意していく。グッと身体の奥から声を振り絞っていく。

「拓馬君。ごめんね……」

 不意打ちを喰らったかのように拓馬が目を眇めている。

「剣道部じゃないのに、暑い中、掃除をしてくれたんだぜ。礼を言うべきなのはこっちだよ」

「ううん。その事じゃなくて……。あたし、中学生の時に、拓馬君に大怪我を負わせたことがあったでしょう。ずっと申し訳なくて顔を合わせられなかったの。一度だけ病院にお見舞いに行ったけど、その時は拓馬君は病室にいなくて……。だから、抹茶ムースを看護師さんに託して帰ったの。直接、会って謝る事が出来なくて、ごめんなさい」

 彼は、微かな動揺を見せたのだ。

「抹茶ムースって……。あれは武藤が作ったのか?」

 何だろう。拓馬の様子がおかしかった。苦い物を飲み込んだみたいな複雑な顔をしている。

「あのムース、絵美里が自分が作ったって言ってたんだよ」

「そうか。あたしが作ったと聞いたら琢磨君が食べないと思って……。それで、気を効かしてくれたのかもしれないね。拓馬君、真野杏寿ちゃんのパン屋さんで売っていたのに作らなくなった事を嘆いていたんだよね。だから、お店のレシピを教えてもらって再現したの」

 生クリーム、宇治抹茶、ゼラチン、砂糖、牛乳。それぞれの原材料費が高くなったので、お店での販売を中止にしたというふうに聞いている。

「杏寿ちゃんの家と同じように北海道の特別な生クリームを使っているの。喜んでもらいたくて頑張ったんだ」

 それを聞いた彼は、じんわりと相好を崩している。

「俺さぁ、ずっと、武藤に嫌われていると思ってたんだよ……」

「えっ、どうして?」

「あの日、姉貴にこっぴどく叱られたんだよ。あの時の俺はガキだった。やましい気持なんか無かったんだけど……」

 気まずそうに睫毛ごと視線を伏せている。よく見ると、拓馬の鼻先にジンワリと汗が滲んでいた。

「浴衣をはだけさせようとしたなんて、今、思うと犯罪だな。すまん。申し訳ない! おまえが誰よりも繊細だってことは知ってたから、近寄って刺激しないようにしていたんだ」

「えっ、そ、そうだったの……?」

 拓馬に嫌われていなかったと分かって胸を撫で下ろす。安心したせいなのか涙の膜が浮かびそうになっている。それを誤魔化すように言った。

「絵美里達との待ち合わせは六時半なのに。どうしよう。間に合わないかもしれない! あたし、今夜は浴衣は無理っぽいなぁ」

「あのさ、武藤……」

 ふと、拓馬は言葉を絞るようにして目を細めた。

「俺さぁ、今年、武藤が夏祭りに行くって聞いて本当に嬉しかったんだ。俺のせいで武藤がお祭り嫌いになったんじゃないかって思ってた。姉ちゃんには二度と浴衣の女子に近寄るなと言われている。だから、誰に誘われてもずっと祭りには行かなかった」

 まさかというように、珠洲は首をブンブンと振って訴える。