登校日、珠洲に近付いてきた女の子がいた。それは、剣道部のマネージャーで拓馬の幼馴染の絵美里だ。

『武藤さん、何があったの? 拓馬が、夏祭りの夜に武藤さんを襲ったなんて嘘だよね』

 ズキンッと珠洲の胸が痛んだ。目の前がスーッと暗くなったような気がした。

『もちろん、そんなのデタラメだよ。あの夜、あたし、助けてもらったの』

 やっと、第三者に真相を話せた事にホッとしていた。

『そういうことか。あいつが卑怯な事をする訳ないもんね。理由を聞いても何も言わないから、こっちも苛々してたんだよ。うっかりしていて怪我したとしか言わないの』

 絵美里が、SNSなどを駆使して拓馬君の無実を訴えたおかげで誤解は簡単に解けた。絵美里が珠洲に言った。

『拓馬、骨折したんだよ.秋の試合に出られなくなっちゃった』

 自分のせいで拓馬君が窮地に陥っている事を知ってショックを受けた。

『ご、ごめんなさい』

『何なの。あたしに謝ってどうすんのよ。仲直りの手紙を書きなよ。あたしが渡してあげるよ』

 絵美里は、モデルみたいに長身が高くて明るくてで目立つ存在だ。拓馬君の事件をきっかけに親しくなった。珠洲は、あれから気になっていた事を尋ねた。

『ねぇ、絵美里、拓馬君に手紙を渡してくれたの?』

『うん、渡したよ』

『そうなんだ……』

 夏休みが終わる前に謝罪の手紙を書いて絵美里に託したというのに返事はなかった。もしかしたら、骨折させられた事を彼は怒っているのかもしれない。全治二ヶ月の重症を負ったんだもの怒るのは当たり前。

 色々と不便だったに違いない。新学期に入ってから、拓馬に謝りたいと思ったけれど話しかける勇気が持てなくて怯えていた。廊下ですれ違っても、拓馬は珠洲から目を逸らしてしまう。珠洲は不安になって絵美里に何度か相談したのだ。

『やっぱり、あたし、拓馬君に嫌われてるのかな』

『落ち込まないでよー。そのうち拓馬も機嫌を直すわよ』

 そのうち、拓馬の怪我も全快して体育の授業にも参加するようになった。

『拓馬! ナイスシュート』

 拓馬は運動神経がいい。バスケットの授業でも綺麗なドリブルとシュートを見せる。なぜか、珠洲は拓馬を意識すると落ち着かなくなる。そして、頬に熱がこもる。

 そのまま、月日は流れて珠洲は高校生になっていた。中学の頃に仲良くしてくれていた杏寿は女子校に入っている。珠洲は京大卒の父に似たのかもしれない。拓馬と同じ進学校に合格していたのだ。絵美里も同じ高校に進学している。ただし、絵美里は家政科なのだ。それでも、同じ町で暮らしている珠洲とは一緒に徒歩で登校している。

 ずっと、珠洲と絵美里は友達付き合いをしている。この頃になると、珠洲も亡くなった母との思い出などを話すようになっていたのである。

『珠洲のお母さんも父さんも芸能界にいたんだね』

『母さんは、一枚だけCDを出してるけど、本当はアイドルじゃなくて役者になりたかったみたいなんた』

 そんな事を言った後、珠洲は眩しそうに絵美里を見上げた。

『絵美里は、モデルにならないの?』

『昔は、そういうのに憧れたけど、本格的なモデルになるには美貌が足りない。つーか、拓馬、こないだ、新宿でスカウトされたみたいだよ。あいつ、見た目、けっこういけてるからね。もちろん。芸能人に興味はないから断ったらしいよ』

 拓馬は中三の夏から急速に身長が伸びている。百八十センチはあるだろう。キリッとした端整な顔立ちに磨きがかかっている。

 他の子達は、こんんふうに言い合っていた。