そうだったのだろうか? 珠洲の携帯を隠した筈だ。あれも記憶違いだというのだろうか。今となっては分からない、

「ねぇ、珠洲は拓馬と付き合ってる?」

 すると、たちまち、顔全体を真っ赤に染めながらコクンと頷いた。

「絵美里の事故の後でね、何度か、一緒に絵美里の病室に行ったの。何度も顔を合わせていくうちに、拓馬君に付き合ってくれって言われたの」

 ああ、そうなんだ。不思議と私の心は凪いでいる。いずれ、こうなる運命だったのだ。珠洲が軽やかに言った。

「来週は夏祭りだね。もうすぐ拓馬君も帰省するみたい。みんなで花火見に行かない? あの時のメンバーで絵美里の全快祝いをしたいんたけど、いいかな?」

 夏祭り……。通り過ぎっていった夏が、また、こうして巡ってきたけれど、まだ私は自身と向き合う勇気が持てない。怖い。

「ちょっと考えさせてくれるかな。明日、返事するよ」

「分かった。あたし、これから、叔父さんの家に行くんだ。あのね、剣道部の優香ちゃんはお祭りの日の翌日に学校の寮に戻るんだって……」

 優香は音大に合格したという。みんな、それぞれ夢に向かって進んでいる。久しぶりに見た珠洲の姿は、やっぱりアイドルのように可憐で桃のような良い香りがした。

 一方、私は、ダブッとしたTシャツにデニムという服装をしており、珠洲のように化粧もしていない。高校生のままこの街に取り残されている。私だけが時のぬかるみに踏みとどまっている。

 珠洲が去った後、拝殿に向かった。私はお賽銭となる小銭を財布から取り出して手を合わせた。

 ミーンミーンミーン。

 頭上がやかましい。記憶がこんがらがってしまって、どうにもこうにも思考がまとまらない。木漏れ日と、けたたましい蝉時雨を浴びているうちに、ふっと、生々しい疑問が浮かんできた。

「あっ……」

 急に、ナイフを襟足に添えられたかのような不安定な感覚になり青褪める。眩い光に晒されて一気に消し飛ばされそうな感覚になってしまい、呆然としていた。

 本当に、珠洲は、私の裏の顔に気付いていないのかしら。

「……」

 これだけはハッキリしている。私は、珠洲の手紙を拓馬に渡さなかった。今まで、裏工作をしてきた。あの二人を引き離そうとして事故に遭ったのだ。もしかしたら、そんな私が哀れだから許してくれたのかもしれない……。

 きっと、二人にとっては、そんなことなど、どうでも良くなっているに違いない。だって、二人は付き合っているんだもの。

 私は苦笑しながら賽銭箱に小銭を入れる。シヤランシャランと鈴を鳴らして両手を合わせていく。

『神様、私はもう平気です』

 さすがに、長距離を走るのは無理だと思うけど登校するのには充分な体力は戻っている。

『神様、年下との高校生活が不安なのですが、それは自分で乗り越えてみせます。今後、短大に行って、保育士として頑張るつもりでいます』

 私は、みんなから取り残されて回り道をしてしまっている。ポツンと自分だけがここにいる。この寂しさを抱えたまま神社の境内をゆっくりと慎重に進む。石畳からの太陽の照り返しが半端ない。

『無事に高校を卒業できますように』

 絵馬をかけながら、思い返していく。優香子供の頃からピアノが得意では自宅でピアノを教える先生になりたいって言っていたっけ。そういえば、私も、小学生の頃はモデルになりたいと思っていた。でも、現実は甘くない。東京に遊びに行った時、スカウトされたのは珠洲だった。