「お友達もたくさん来てくれたよ。色紙を見なよ。みんな、あんたの帰りを待ってたんだからね」

 色紙を手に取ると、色々な人がメッセージを書いてくれていた。大声で泣きたくなるけれど、何とか気持ちを抑えた。

「拓馬は大学に合格したの?」

「ああ、あの子、第一志望の東工大に受かったわよ。都会で一人暮らしをするって。親御さん、引越しを手伝うって言ってたわ」

 母が、思い出したようにベッドの脇の引き出しから何かを取り出してきた。

「そうそう、拓馬君がお守りを持ってきたんだよ」
 
 健康長寿を願うものだった。少なくとも、拓馬は私を許してくれたようである。

「それで、こっちは珠洲ちゃんからよ。お手製のお守りよ。可愛いわね」

「珠洲も見舞いに来たの?」

「当たり前じゃないの。拓馬君も珠洲ちゃんも泣いていたわよ。早く目を覚ましてくれって何度も枕元で言ってたわよ」
 
 今更、どんな顔で拓馬と会えばいいのだろう。怖かった。だけど、今の私は悩む暇もなんてないみたいだ。やるべきことが山積している。

 三月二十日に目覚めてからというもの、リハビリに励み続けた。最初のうちは一人で歩くのもままならなかった。自棄クソになって不貞腐れる事もあった。頭骨だけではなくも、大腿骨も折っていたのだ。二ヶ月間、毎日、トレーニングをした。五月になると、それなりに歩けるようになった。

 まるで、赤ん坊が成長するように着実に前進している。苦しいけれども、確かに頑張ったという充足感が湧き上がり、一日、一日、生まれ変わっていくような爽快感のようなものが私の中を通り抜けていく。

 梅雨になると、蒸した空気が街をみ、また、いつものように夏が始まった。私は、自宅で暮らしながらリハビリを続け、コツコツと自習をこなした。新学期から学校に通う予定になっている。生きているだけで有り難いという気持ちで最後のリハビリを終えたのだ。

 これまでお世話になった病院の方達にお礼を伝えた。

 そして、拓馬の祖父の神社の境内へと向かった。

 退院後の生活も不安なので祈りたい。鳥居を潜ろうとしたのだが、その時、背後で物音がしたので振り返る。ハッと鼓動が撥ねる。

「絵美里……」

 そこには、お化粧を施した綺麗な女の子がいた。桃色の膝丈のワンピース姿の珠洲だった。

 すぐ近くに拓馬の自宅がある。彼氏に会いに来たのかもしれない。私は、泣き笑いの顔で語りかけていた。

「久しぶりだね。元気にしてた?」

「う、うん……」

 少しぎこちない表情の珠洲に向けて私は微笑むと珠洲が申し訳無さそうに呟いた。

「あのね、絵美里か三月の末頃に目覚めた事は聞いていたんだけど、お見舞いに行けなくてごめんね。あたし、東京の大学に進学してて、昨日の夜中に高速バスで帰ってきたの」

 少し気まずい沈黙が二人の間に墨絵のように流れているような気がする。視線を逸らしていた私は少し言いにくそうに呟いた。

「ごめん。珠洲。悪いことしちゃったよね」

「えっ、なんで絵美里が謝るの?」

「去年の夏祭りの日、八幡さんで、あんたのスマホを隠したんだ」

 やっと、苦い現実に向き合う時が来たようだ。心臓が破裂しそうになる。悲壮な決意で話しているというのに、珠洲はキョトンとしている。

「何を言ってるの? 絵美里が隠す訳ないじゃん。事故のせいで記憶が混乱しているの?」
 
「えっ?」

「あたしが、うっかりして八幡さんに置き忘れたんだよ」