どうやら、保健室で眠っている間に妙に生々しい夢を見ていたらしい。まだまだ逆転のチャンスがある。不毛な運命を覆してみせる。

「福原、先刻までここにいたよね?」

「購買部にジュースを買いに言ったよ。明日のお祭り、楽しみだね。あのね、あたし、実は、子供の頃から拓馬君のこと好きたったの」

 カチッと頭の中で石榴が破裂したような感覚になり、私は喉をグッと鳴らす。よくも、私の前で言えるものだ。うだるような暑さのせいで箍が外れたらしい。

「うざっ!」

 メソメソと泣いているだけの意気地なし。たまたま、可愛い顔で生まれてきたから愛されている。あんたなんて嫌いだと叫びたい。

「ウルウルした目でこっちを見ないでよ! ほんと、ムカつくわ。あたしも拓馬が好きなんだよ。子供の頃から、ずっと好きだったんだからね」

 ジワジワととめどなく溢れるものを吐き出していた。珠洲みたいに可愛い子になりたかった……。

 私は母親に似ている。物分りのいい妻の仮面をかぶってるけど、ほんとは腹黒い。母は父の不倫相手の会社に怪文書を送るような一面がある。

「あたしは嫌な女なんだよ。知らなかったでしょう?」

 ミーンミーン。狂おしいほどにやかましい蝉の声が私を苛立たせていて、とめどなく暗い気持ちが競りあがり、喉元が軋むような感覚になって何もかもが嫌になる。

 怒涛の勢いでぶちまけやる。

「あんたに芸能界に入りなよって何度も言ったよね。目障りだから消えて欲しかったの。あんたは、そこにいるだけで、わたしを惨めにさせるの。苦しいんだよ。こんな自分が惨めで泣きたくなるんだよ!」

 私は醜い。みっともない。こんなにもゼェゼェと声を荒らげて顔を歪めている。

「あんたと拓馬が付き合わないように、毎年、神社で祈っていたよ。誰よりも性格の歪んだ女なんだよ」

「そっか。ほんとの事を言ってくれてありがとう」

 菩薩みたいな笑みに苛立ちを覚えて思わず怒鳴り返していた。

「いい子ぶるな。うぜえんだよ」

「……だけど、絵美里、雨の日とか、あたしに傘を貸してくれたよ。小学校の時、女子が、あたしの悪口を言っても、絵美里は言わなかったよ」

「そんなの、拓馬にいい娘だと思われたいからに決まってんじゃん。3たしは計算高いんだよ。好きな男子に好かれる為なら何でもするもんなんだよ」

「そうかもしれないけど、絵美里が悪い子だとは思えない。あたしがお財布をなくて困ってたら、購買部のパンを買って分けてくれた事があったもん」

「拓馬にいい人だと思われたくてやったの!」

「その日、拓馬君は休んでいたよ」

 そんなの覚えていない。

「絵美里、いつも、人一倍、頑張っている。そういうところ、すごいなぁって思ってた。部活のマネージャーしながら家業の手伝いもやってて偉いよね」

 他の人は、ねぎらいの言葉なんて発したりしない。母でさえも、ありがとうという言葉を言わない。でも、あんたは言うんだね。

 この子が妬ましくて苦しかった。それでいて罪悪感に苛まれてきた。相反する気持ちの切れ目が大きくなるのが怖かった。

 ごめん。そう呟こうとした直後に、いきなり異変が起きてしまいハッとなる。

 ザーーーーーーッ。

 私をとりまくすべてのものが砕け散るような恐怖に襲われて身震いしていた。

 何なの。これは。皮膚や筋肉がすべて吹っ飛ぶのような衝撃と共に視界が揺らいでいる。ザンッと、とこかに叩き落されたかと思うと、世界のすべてが漆黒に包まれていった。