「あれは、わざとだよ。俺、拓馬が武藤のこと好きだって知ってるから。チャンスをブレゼントしたんだ。あの二人をくっつけようと想ったんだ。一世一代の芝居だ」

 そんな馬鹿なと言いたくても声が出ないまま、脚の力が抜け落ちてしまいそうになる。

 本気なの?

「あんた、拓馬のこと好きなんでしょう。知ってるんだよ。あんたは男が好きなんだよね」

「ああ、そうだ。俺は拓馬に恋してる。俺は人魚姫になる覚悟がある。玉砕してもいい。好きな人に幸せになってもらたい」

「何よそれ。カッコつけてるつもりなの? ハッキリ言わせてもらうけど、あんたは男だよ。珠洲に勝ち目がないから、自己犠牲の愛に酔いしれてるだけだよ」

「……何とでも言えよ。自分を偽って生きてるおまえはマジで醜い。そのうち、無様に破滅するぞ」

 私はその忠告を無視して暴走したのだ。お祭りの会場で出会えないように、私は、花火がよく見える河原にみんなを連れ出すつもりだった。

 珠洲のスマホの番号を知っているのは、夏祭りのメンバーで私だけ。珠洲が、後から合流しようとしても出来ないように、自分のスマホの電源を切るつもりだった。

 それなのに……。見事に空回りしてしまうのだ。二人はどの病院にいるのだろう。こうなったら片っ端から電話してその場に乗り込んでやる。小走りになり夏祭りの鎮守の森を抜けた。まずは、商店街の向こうにある外科の救急外来に行ってみようと焦っていた。二人を引き離さなくては……。そんな事を思いながら脇目もふらずに走ったのがいけなかった。そこは通行止めの区域ではなかった。白いバンが脇から迫っていた。

 なんで無様なんだろう。

 待ちに待った夏祭りの夜、悔しさが胸を突き上げた瞬間、まるで打ち上げ花火みたいに空へと舞い上がった。強打して頭から生暖かい血がドクドクと流れて寒気に襲われて……。そこから先の事は分からない。

 漆黒の世界で横たわっている。何も見えない。何の刺激も無い。ひょっとしたら、死んでしまったのかもれない。透明なカプセルに閉じ込められたまま、大海原を漂っているかのような違和感がある。何の刺激も無いけれど自分の感情のようなものはある。

 もしかしたら、私は霊魂となって彷徨っているのかもしれない。

 どれほど長い時間、私は意識を失くしていたのだろう。いきなり、こんな声が聞こえてきたものだからイラついた。

『絵美里、お願い、早く、目を覚まして……』

 この声は珠洲なのだ。この子は声までもが可愛らしい。

『おい、おまえ、いつまで寝ているつもりだよ』

 この、ぶっきら棒な口調は福原だ。

 ふと、一筋の光のようなものを感じていた。もしかしたら、死んでいないのかもしれない。頭を強打して意識不明なのかもしれない。

「あっ、良かった。目を覚ましたよーー」

 気付くと私は無機質なベッドに横たわっていた。嘘みたいに明るい。妙だな。私は、夏祭りの夜に事故にあったはずなのに……。

「どうして、あたし、ここにいるの?」

 頭がハンマーで砕かれたかのように痛くて……。それに、全身が切り刻まれたように苦しくて、圧倒的なだるさと、やるせないような喉の渇きを感じる。色々と混乱している私に珠洲が微笑みかけている。

「登校日、クラスのみんなで学校の草引きをしていたら倒れたんだよ。ほんと、心配したんだよ。三時間も目を覚まさなかったんだからね」

 私の顔を覗き込む珠洲は何の穢れも無いような健やかな顔をしている。この娘は、愚かにも、私が、どんな人間なのかという事に気付いていない。