シャッターの降りた商店街を歩いていた時、急に、酔っ払いの大学生に後ろから羽交い絞めされて胸を触られたのだ。悲鳴をあげて逃げようとした。けれども、相手は面白がって両手で胸を揉んだ。
喉が張り裂けそうなくらいに叫ぶ。すると、どこからともなく、誰かの足音が響いたかと思うと、次の瞬間、私を拘束していた腕がホロリと離れた。
「おまえ、やめろよ。イヤがってるだろう」
拓馬だった。おそらく、拓馬も塾の帰りなのだろう。持っていた塾の鞄を振り回して、そいつの背中を殴打したらしい。しかし、小さな子供の力なので、相手を倒すまでの威力はなかった。いててと言いながらも、酔っ払いは威嚇するように怒鳴る。
「このガキ、何しやがる!」
「うるせぇ、おまえ、この商店街、シャッターが降りていても、防犯カメラはあるんだぞ。猥褻な事をしたら罪になるんだぞ」
拓馬は大人相手に言い切った。しかし、酔っ払いは歪な笑みを浮かべている。
「この女が誘ったんだよ。合意の上だぞ」
「何が合意だ。そいつ、小学五年だぞ。ロリコンは犯罪だ」
たちまち、酔っ払いは酔いが醒めたように青褪めた。
「い、いや、これは、間違いだ。誤解だ。お、俺はそういうんじゃないからな」
それこそ、転びそうなほどに足をもたつかせながら走り去っていったのだ。私は、その直後、持っていた鞄を地べたに落として座り込んでいた。身体の震えが止まらなかった。
「おい、絵美里、顔色が悪いぞ。どこか痛むのか?」
「怖くて、腰が抜けたみたい。こんなのおかしいよね。わたしらしくないよね」
「えっ、おまえらしいって何だ?」
「何が起きても泣かないイメージでしょう? 無駄にデカイから強そうに見えるの、生意気だとか、可愛げが無いとか……。まぁ、慣れてるけどさ」
「それじゃ、俺はどうなる? チビの俺は弱いのかよ。確かに力は強くないけどな。おまえの事も背負えると思うぞ。いいから、背中に乗れよ。家まで送ってやるよ」
拓馬はそう言ったけれど、私は、そんなの嫌だと断った。太っている訳ではないけれど、拓馬に体重を知られるのが嫌だった。だけど、その時の私は誰かのぬくもりを必要としていた。
「お願い。あたしをハグして……。あいつの汗の匂いとか体温とかをリセットしたいんだ」
「おう、いいぜ」
思えば、小学五年生だからこそ、無邪気に拓馬は、正面から腕をまわして私を抱き締めたのだと思う。この時の拓馬は坊主頭で、どう見ても私の弟という感じの幼い見た目だった。だけど、私は、多分、この時から、拓馬の事が好きだったのだと思う。
けれとも、この数日後、あの武藤珠洲が転校してきて運命が崩れる。初めて、珠洲が転校してきた日、拓馬は惚けたように見惚れていた。クラスの男子の殆どがソワソワしていた。だけど、ただ一人、福原だけは珠洲を疎ましそうに見ていたのだ。
なぜ、そんなふうな目で見ていたのか知っている。福原はゲイだ。あいつは、クラスメイトの拓馬に片思いしている。だから、福原は、給食の時間、フルーツポンチの数のことで珠洲に因縁をつけた。
見た目は太った少年なのだが中味は女だ。あいつは馬鹿だ。そんなふうに、悪意を表に出してどうするの。拓馬に嫌われてしまうだけなのに。やるなら、もっと上手に邪魔しなさいよ。
中学二年の夏。拓馬が腕を怪我して入院した時、看護師さんが私を見て言った。
「あらーー。伊集院君、美人の彼女さんだわね」
「いや、そんなんじゃないですよ。こいつはただの幼馴染です」
喉が張り裂けそうなくらいに叫ぶ。すると、どこからともなく、誰かの足音が響いたかと思うと、次の瞬間、私を拘束していた腕がホロリと離れた。
「おまえ、やめろよ。イヤがってるだろう」
拓馬だった。おそらく、拓馬も塾の帰りなのだろう。持っていた塾の鞄を振り回して、そいつの背中を殴打したらしい。しかし、小さな子供の力なので、相手を倒すまでの威力はなかった。いててと言いながらも、酔っ払いは威嚇するように怒鳴る。
「このガキ、何しやがる!」
「うるせぇ、おまえ、この商店街、シャッターが降りていても、防犯カメラはあるんだぞ。猥褻な事をしたら罪になるんだぞ」
拓馬は大人相手に言い切った。しかし、酔っ払いは歪な笑みを浮かべている。
「この女が誘ったんだよ。合意の上だぞ」
「何が合意だ。そいつ、小学五年だぞ。ロリコンは犯罪だ」
たちまち、酔っ払いは酔いが醒めたように青褪めた。
「い、いや、これは、間違いだ。誤解だ。お、俺はそういうんじゃないからな」
それこそ、転びそうなほどに足をもたつかせながら走り去っていったのだ。私は、その直後、持っていた鞄を地べたに落として座り込んでいた。身体の震えが止まらなかった。
「おい、絵美里、顔色が悪いぞ。どこか痛むのか?」
「怖くて、腰が抜けたみたい。こんなのおかしいよね。わたしらしくないよね」
「えっ、おまえらしいって何だ?」
「何が起きても泣かないイメージでしょう? 無駄にデカイから強そうに見えるの、生意気だとか、可愛げが無いとか……。まぁ、慣れてるけどさ」
「それじゃ、俺はどうなる? チビの俺は弱いのかよ。確かに力は強くないけどな。おまえの事も背負えると思うぞ。いいから、背中に乗れよ。家まで送ってやるよ」
拓馬はそう言ったけれど、私は、そんなの嫌だと断った。太っている訳ではないけれど、拓馬に体重を知られるのが嫌だった。だけど、その時の私は誰かのぬくもりを必要としていた。
「お願い。あたしをハグして……。あいつの汗の匂いとか体温とかをリセットしたいんだ」
「おう、いいぜ」
思えば、小学五年生だからこそ、無邪気に拓馬は、正面から腕をまわして私を抱き締めたのだと思う。この時の拓馬は坊主頭で、どう見ても私の弟という感じの幼い見た目だった。だけど、私は、多分、この時から、拓馬の事が好きだったのだと思う。
けれとも、この数日後、あの武藤珠洲が転校してきて運命が崩れる。初めて、珠洲が転校してきた日、拓馬は惚けたように見惚れていた。クラスの男子の殆どがソワソワしていた。だけど、ただ一人、福原だけは珠洲を疎ましそうに見ていたのだ。
なぜ、そんなふうな目で見ていたのか知っている。福原はゲイだ。あいつは、クラスメイトの拓馬に片思いしている。だから、福原は、給食の時間、フルーツポンチの数のことで珠洲に因縁をつけた。
見た目は太った少年なのだが中味は女だ。あいつは馬鹿だ。そんなふうに、悪意を表に出してどうするの。拓馬に嫌われてしまうだけなのに。やるなら、もっと上手に邪魔しなさいよ。
中学二年の夏。拓馬が腕を怪我して入院した時、看護師さんが私を見て言った。
「あらーー。伊集院君、美人の彼女さんだわね」
「いや、そんなんじゃないですよ。こいつはただの幼馴染です」