小学生の頃の私は、クラスの男の子が掃除をさぼると容赦なく叱咤していた。小学校の兎小屋と裏庭の掃き掃除をすることなく、馬鹿みたいにチャンバラごっこに興じていた。私は吐き捨てるように言った。

『いい加減にしてよ』

 なじられた男の子達は私に向けて顔をしかめた。

『うるせーぇ。いつもいつも偉そうにしやがって。見下ろしてんじゃねぇよ。バーカ。ジャイ子、おまえ、うぜぇよ』

 カッとなった私は一番小さな男子の肩を突き飛ばす。すると、そいつはぬかるみに尻餅ちをついてシクシク泣き出したのだ。

『こらーーー、何やってるんだ。小さい子を苛めたら駄目じゃないか』

 若い男子教諭がやって来て理由も聞かずに私を叱った。そんな理不尽な扱いに腹が立った。

『いいな。上級生が下級生を苛めたら駄目なんだぞ』

『違います。あたし達は同級生ですよ』

『えっ、本当なのか……』
  
 一瞬、怯んだ。そして、その場の空気を整えるようにコホンと咳払いした。

『同級生でも、おまえの方が大きいんだぞ。小さい子に意地悪なことはするな。いいか、分かったな』

 納得がいかなかった。先生は去っていく。教室には自分以外に誰もいない。つい、頬を歪めて涙をこぼしていた。そこに、何も知らない拓馬がプラリと入ってきた。

『おまえ、泣いてんのか?』

 真っ黒に日焼けした拓馬は同じ町に暮らしている幼馴染だ。拓馬は同じ学年の誰よりもチビなのだが、その言動はオヤジや兄貴っぽいのだ。私は素っ気なく言う。

『勘違いしないでよ。泣いてないよ。花粉症だよ』

 弱味を見せたくなかった。すると、拓馬は、だしぬけに絵美里の頭を軽く叩いた。

『おまえ、最近、元気ないよな。本当に大丈夫なのかよ?』

 女の子の友達は大勢いるけれど、そんなふうに心配してくれる人は一人もいない。私は苦笑する。

『元気だよ。大丈夫だよ』

『それならいいけどさぁ。ここんところ、おまえ、浮かない顔してただろう。何があったのか知らないけど、あんまり無理するなよ。じゃぁなー』

 拓馬は、運動神経が良くて成績もいいと正義感が強い。顔も凛々しけれど、当時は女の子の人気はなかった。あまりにも背が低すぎた。あの頃、女子に大人気なのは石渡だった。

 身長で人の印象は決め付けられてしまう。

 どうして、自分はこんなに高身長なのだろう。いつも姉御キャラを求められる。林間学校の夜、部屋に大きな蜘蛛が出た時も女の子達は一斉に自分に助けてとすがりついてきた。

『やだーーー。絵美里ちゃん、何とかしてよーーー』

 頼られるとノーとは言えなかった。仕方なく蜘蛛を始末したけれども、私も虫なんて大嫌いだ。でも、誰も分かってくれない。家庭科の時間も、瓶の蓋が開かない時などは男女を問わず私に頼ろうとしてきた。でも、たまに、拓馬がヒョイと助け舟を出す事があった。

『任せろよ。オレの方が握力あるぜ。剣道で鍛えてるんだぞ』

 意外にも握力は拓馬の方がうんと強かった。私が開けられなかった苺ジャムの蓋を簡単に外すと得意げにニッと笑う。この時から拓馬を少し意識するようになったみたいだ。

 決定的なのは小学五年の夏。

 午後八時。塾の帰り道、いつもは女の子の友達と一緒に歩くのだが、この時の私は一人だった。ノースリーブの白いシャツと水玉模様のミニスカートにサンダル。身長、百六十五センチの私は大人の女性のように見える。