夏祭りの夜、私は、みんなと一緒に花火を見ていない。心臓が膨張して爆発しそうになっている。猜疑心、嫉妬、焦りを鍋に煮詰めたような不穏なものが身体を澱ませている。

「あたし、頭が痛いから帰るわ」

 午後六時。集合時間の直後に拓馬からメッセージが届いた。珠洲と拓馬も来ないことを伝えても、他のみんなは気にしていなかった。

「あいつら自転車でぶつかってたんだよな。つーか、武藤さんって、美人だよな」

 男どもは、そんな呑気な事を言っている。

 私は、今夜の為に綺麗に髪をセットして、いそいそとお祭り会場に向かった。それなのに、拓馬が珠洲を病院に連れて行くとメールを送ってきやがった。頭が真っ白になった。

「俺、武藤さんの浴衣姿、見たかったな。バンビみたいに綺麗な脚が折れてないか心配だよな。大丈夫かなぁ」

「拓馬が付き添ってるなら大丈夫さ。拓馬なら、いざとなったら、武藤さんを担いで十キロぐらい歩けるさ」

「ちぇっ、オレも付き添えば良かった。武藤さんのこと背負って歩きたい。体重も軽そうだし、余裕だな」

「分かるぅーーー。アイドルみたいな顔してるもんね。珠洲ちゃん、性格もいいいんだよ。いつも一生懸命でいい子なんだよ」

 女の子達も呑気にそんなことを言っている。ああ、クソ。むかつく。どいつもこいつも呑気な顔をしやがって……。何なのよ。珠洲は生まれつき得している。小柄で華奢で弱々しい顔。そんなのズルイじゃないか。

(わたしは、ランドセルを背負って歩いていたら大人たちにクスクス笑われたんだよ。惨めだったよ!)
 
 小学三年の頃、身長は百六十センチに達していた。きっと、元バレーボール選手の母親に似たのだ。母は、どこかの企業でセッターとして活躍していたという。

 母の美砂は、百六十五センチの男、つまり私の父とお見合い結婚をしてて、双子の弟達を含む三人の子宝に恵まれているが夫婦の関係は破綻している。

『やめてよ。お店のお金なのよ』

 母は、よくそう言って父親と喧嘩をしていた。私の父は酒屋の婿養子なのだが、店の売り上げをくすねて浮気相手のところに向かうような最低の奴で、母と言い争いになるとイラついたように怒鳴りやがる。

『うるさい、オレを見下ろすな! おまえなんかと結婚したのが間違いだったんだよ』

 しっかり者の母は人一倍働いてきた。それなのに、結婚生活は不毛だったのだ。

 母は、元アスリートなので根性と努力なら誰にも負けない。若い頃は、美女アスリートと呼ばれたこともあり顔立ちはいい。それなのに、父は、小さくて頼りなくて馬鹿っぽい女との浮気を繰り返してきた。

 母はいつも冷静だった。いつも凛としていた。

 自宅の二階が火事になった時も落ち込む事なくテキパキと片付けていたのだった。

『お母さん、どうして、父さんのこと許すのよ? 離婚しなよ』

 あれは、私が小学四年生の夏。父は、浮気相手との間に子供が出来たから、堕胎費用が必要だと言って妻に泣き付いた。

『お母さん、なんで、お金を渡すのよ』

『だって、そうしないと、あの人、どこかで借りて、もっと騒ぎが大きくなるもの』

『そんなの納得いかないよ。すぐにでも父さんと離婚してよ』

『何を言ってるの。お父さんは絵美里には優しいでしょう』

 父は、私が小学五年の時に三番目の愛人と暮らし始めている。それでも、母は離婚に応じようとしない。いつか、自分のところに帰ってくると信じている。馬鹿な女だ。