肩に腕をまわさせていると意識すると頬に熱がこもる。珠洲は片足を引きずりながら、ゆっくりと立ち上がる。眼下には夕焼け色に染まった街並みがある。人々の暮らしが詰っている。目線を上げて遠くに見える入り江の陰影を見つめているうちに、心に色んな気持ちが小波のように打ち寄せてきた。

(あたしが転校する前のこと。亡くなった母親のこと。色々と伝えたい。知ってもらえたら嬉しいな……)

 拓馬に支えられて階下に向かいながら、色々な出来事を思い出していた。

「京都では、菜の花のこと花菜って言うの。春になると、母さん、花菜の箱寿司を作ってくれていたの。彩りが、とっても綺麗なの」

 たどたどしい足取りで石段を降りながらポツポツと打ち明けていく。

「あのね、母さん、太秦の映画村でエキストラをしていたの。ベテランの着付けをしてくれる人に意地悪されて泣いているのを知った父さんが庇ってあげたのが付き合ったきっかけなんだ。母さんは二十歳。父さんは三十歳。父さん、ずっと夢を追いかけようとしていたの」

 まずは、自分から知ってもらいたいことを話さなければ駄目なのだ。

「母さん、お料理が得意だったの。出産してからは、あたしを幸せにする事が二人の夢になったんだって……。父さん、あたしが産まれた時に大声で泣いたの」

「優しい御両親なんだな」

「うん。そうだよ。母さんのアイドル時代の写真を見せてあげるね」

 拓馬は、とても熱心な眼差しを向けている。

「珠洲って名前は珍しい漢字だよな。それ、どうして、そういう名前になったの?」

「あたしの父さんが旅行で行った珠洲市ってところの景色が綺麗だったから、その名前をつけてくれたの」

「へーえ、そうなんだ」

 好きな相手と心が通じている。珠洲の瞳が煌めいている。

 パっと咲いて散る花火。せめて、打ち上げ花火の音が鳴り終わるまでは寄り添っていよう。ううん、その先もずっと……。