「絵美里はは嘘をついた。あいつ、あの時、武藤さんは死ぬほど俺を軽蔑しているって俺に言ったんだ。絶対に許さないって泣き続けているって言ってたんだよ」

「そんな、まさか……。あたし、そんな事は言ってないよ」

「中二の夏休みの終わりに、あいつは俺に告白してきた。俺は、絵美里とは付き合えないって言った。あいつは、ただの友達だ」

 絵美里、中学生の頃、拓馬君に告白をしていたの?

「それじゃ、あたしの手紙は……、もしかして……」

「受け取ってない」

 ガツンとしたものが胸を揺らした。ザワザワ。ふっと、背後に聳える木立の間に風が吹き抜けていく。珠洲は呆然としていた。苦いものが喉元に込み上げてくる。

 まさかという思いと、もしかしたらという不安が交錯する。

「だ、だけど、それなら、今夜の夏祭りに行こうって誘う訳がないよ。拓馬君が来るって分かってるなら、あたしを省くと思うよ」

「俺を呼び寄せることに利用して、用済みになったから武藤さんのスマホを山の上に置き去りにして押い払おうとしたんだと思う」

「そ、そんな……。そんなの酷いよ……」

 悪寒に似た嫌悪感が込み上げて喉がひりつく。やばい。珠洲の胸が苦しくなってきた。

「気にするな。嫉妬心は誰にでもあることだ」

 心に染み力強くて素敵な声。

「うちの姉ちゃんも同級生の女子に意地悪されて痛い目に合ってた。でも、絶対に裏切らない人が必ずいるよ。俺は武藤さんの味方だ」

 肩を引き寄せてくれている。相手の身体と心の熱がジンワリと伝わってはた。ドキドキと鼓動が高鳴り頬に熱が集まる。

「今後、なんかあったら相談してくれ。何も心配しなくていい。一緒に夏祭りに行く予定だった剣道部の女子はいい奴だ。あいつらは絵美里とは違うよ」

 心の中は不思議なほどに落ち着いていた。もちろん、裏切られていた事は哀しい。

(そやけど、あたし、絵美里を恨んだりしせぇへんわ。いつか、あたしの事も理解してもらうんや。加奈子ちゃんみたいに、分かり合える日が来るかもしれへんやん)

 そんな事を思っていると拓馬が照れ臭そうに言った。

「今夜。お祭りはキャンセルすることにするよ」

 拓馬のスマホを覗き込みながら、珠洲は目を丸くしていく。

「そ、そんなことしていいの?」

「二人で病院に行ったことにしとけばいい。絵美里に騙されて翻弄されたんだから少しはやり返さないと気がすまない。俺は卑怯な奴は嫌いなんだ」

「拓馬君、なんだか怒ってるみたいに見えるよ……」

「ああ、俺はサイコーに怒ってるよ。あいつのせいで片思いを持て余していたんだぜ。そりゃ、怒りたくもなるだろう! 今夜、ここで、失った時間を取り戻してやるからな! 一晩中、喋ろうぜ」

 父は珠洲に対していつも言っている。

 好きな人が出来たらすぐに教えろよと。だから、父さんに伝えよう。

「あのね、拓馬君の自転車の後ろに乗せてくれるかな? 花火が終わったら家まで送って欲しいの。お父さんに紹介するね」

「あっ、うん。もちろん送るけど……。やべぇな。急に緊張してきた……」

「そんなの心配ないよ。うちの父さんは娘に早く彼氏を作って欲しいって言ってるんだもん」

「そんなの建前だよ。いざとなったら、娘の彼氏に手厳しく当たったりするもんだよ。うちの親父がそうだった」