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 今、彼女はソファで毛布に包まりながら寝息を立てている。
 彼女を見下ろせる位置に、リオネルは座っている。
 マリアンヌはリオネルの義母にあたる。父エリクと結婚したのだから、リオネルから見たら義母に間違いはない。
 だが、父エリクにマリアンヌを妻として迎えるように言ったのはリオネル本人である。
 当時、リオネルは十四歳。彼がマリアンヌを妻として迎えることができなかったためだ。
 リオネルの父であるエリクは、息子であるリオネルから見ても極悪人であった。彼のせいでリオネルの母親は命を落とした。リオネルを守るために、母親は自らの命を捧げたのだ。

 だが母親を失って八年。リオネルも知識と力をつけた。父親がひた隠しにしていた悪事の証拠の数々を手に入れ、それを父親に突き付けてやった。
 みるみるうちに顔色を変えていくエリク。エリクはリオネルの命さえも奪おうと手を伸ばしてきたが、そうなることをわかっていたリオネルは、自分が死ねば他の者が真実を明らかにするために動き出すと言って、父親を脅した。
 今までの悪事が明るみになってしまったら、エリク自身もたまったものではなかったのだろう。
 間違いなくその地位は剥奪され、下手をすれば命で罪を償うようなものばかり。
 だからこそリオネルは父親を脅したのだ。マリアンヌをあの家から助けるために。

『バーリ家のマリアンヌを妻として迎えろ』

 マリアンヌがバーリ家で虐げられていることを、リオネルは知っていた。
 あの後妻が来てからというもの、使用人よりも酷い扱いを受けていたマリアンヌ。
 義母と義妹から虐げられていたマリアンヌ。
 リオネルはマリアンヌを助けるために、あの家から彼女を連れ出したかった。だが、あの女はマリアンヌが十六歳になるや否や、嫁ぎ先という売り先をさっさと見繕い始めた。
 だからこそ金の猛者だの女狂いだの言われていた父親の存在はありがたかった。高額な金額をバーリ家に提示すれば、彼らはすぐさまマリアンヌをエリクの元へと寄越したのだ。
 リオネルの言いなりになっていたエリクは、マリアンヌを手に入れたものの、けして彼女に手を出すようなことをしなかった。それが、リオネルがエリクに突き付けた条件だからだ。それに、まだ子供のマリアンヌに手を出すほど、エリクは女性に飢えてはいなかった。

 エリクはリオネルの言葉に忠実だった。マリアンヌは彼に優しく寄り添っていた。彼らが結婚して一年が経つ頃、エリクが若い妻によって改心したと噂が立つほどでもあった。
 マリアンヌは騙されていたのだ。表面上のエリクに。それすらリオネルの仕業でもあった。

 だが、マリアンヌが成長するにつれ、エリクが彼女を見る目つきが変わり始めていることにリオネルも気づいた。
 だから、殺した。彼らに気づかれぬよう、毎日少しずつ食事に毒を盛って。
 それもこれも全て、マリアンヌを守るために行った事である。

「マリア……」
 リオネルは彼女の金色の髪を優しく撫でる。髪の毛一本すら、誰にも渡したくない。
「ん……」
 リオネルの問いかけに応えるかのように、小さな声が漏れた。
「ボクのマリア……。愛してるよ……」
 彼女の耳元に唇を寄せ、そっと呟いた。

 リオネルはマリアンヌによって生かされた。
 母親を失い、絶望に落とされたあのとき。声をかけてきたのがマリアンヌだった。
 リオネルが一人、街をさ迷っていた時。彼女は母親と使用人と共に、買い物へ来ていたようだ。
 彼女たちがリオネルに声をかけたのは、今にも死にそうな顔をしていたからだろう。そのまま彼女たちが乗ってきた馬車に乗せられ、屋敷まで送ってもらった。
 その間、彼女の母親も彼女も、つたないリオネルの話を黙って聞いていた。それだけでも心が軽くなるのが不思議だった。

『だったら、また私と会うために生きて』

 今思えば、八歳の彼女が口にするには、大人びている言葉だったような気がする。



「ボクは君によって生かされている……」
 だからリオネルは、マリアンヌを守るために父親であるエリクの命を奪ったのだ。
 もう少し遅ければ、彼はマリアンヌの純潔を奪っていただろう。
「ボクを生かしている責任、きちんととってもらうからね……」
 リオネルはマリアンヌの額に優しく口づけた。

【完】