◇◆◇◆
「お世話になりました……」
マリアンヌは彼の執務室を訪れた。
忙しなく書類に視線を行き来させているリオネルの動きが止まった。
「どういうことだ?」
「エリク様がお亡くなりになりましたので、私はこの屋敷を出ていきます」
「なぜ」
まさか理由を聞かれるとは思ってもいなかった。
マリアンヌはリオネルにとって邪魔な存在であると、そう思っているからだ。
マリアンヌがいては、リオネルの縁談にも支障が出ることだろう。
「私がこちらの屋敷にいますと、旦那様の邪魔になるからです」
「誰がそのようなことを言った」
リオネルの声に怒りの色が見え隠れする。
「いえ、誰も。私が自分でそう判断しました」
下手な言い訳をして、関係のない使用人を巻き込んでしまうのは不本意だ。だからマリアンヌは、できるだけ言葉を選んだつもりだった。
「そうか……」
リオネルはエリクによく似た茶色の目を伏せた。
「マリアンヌ。君はまだ、自分の立場というものがよくわかっていないようだな」
茶色の髪をかきあげた彼は席を立ち、マリアンヌの方へ歩み寄ってくる。
トランク片手に扉の前に立っていた彼女は、そこから動けずにいた。
リオネルが目の前に立ち、見下ろしてくる。
マリアンヌは彼を見上げる。双方の視線が絡み合う。
「父が死に、父のものはボクが受け継いだ。つまり、君もだ」
マリアンヌには彼の言っている言葉の意味がわからなかった。
「親から子に遺産は相続される。父には他に子供はいない。だから、父のものは全てボクのものになったのだよ」
本来はマリアンヌにもその権利があった。だが結婚と同時にそれを放棄する念書を書かされた。それがエリクとの結婚の条件でもあったし、何よりリオネルと揉めたくなかった。
夢を見る時間を与えてもらったのだから、と。
そしてあの日、念書をリオネルによって見せつけられたマリアンヌは、全てを放棄した。
夢が醒めただけと、そう思っていたはずだったのに――。
カチャリと扉の鍵が閉められた。
「君がこの屋敷から逃げ出そうとするのが悪い。本当は、もっとゆっくり時間をかけてボクのものにするはずだったのに……」
マリアンヌには、先ほどからリオネルの言葉の意味が理解できなかった。
「これは邪魔だな」
ドスンと大きな音が響く。
リオネルがマリアンヌのトランクを奪い、投げ捨てたのだ。
「もう、遠慮はしない」
リオネルは乱暴にマリアンヌの後頭部に手を回し押さえつけ、無理矢理口づけた。
マリアンヌにとって、口づけは二回目だ。
一回目はエリクとの結婚式のとき。唇がちょっとだけ触れ合う程度のささやかなもの。それ以降、エリクとは唇を合わせていない。
となれば、もちろん、身体を暴かれたこともない。エリクとマリアンヌの関係は、夫婦というよりも親子に近かったのだ。
やっと唇が解放された。
とろんとした視線で彼を見上げると、リオネルは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「キスだけで感じたのか。淫らな身体だな。そうあの男に躾けられたのか?」
「エリク様を悪く言わないでください」
――ちっ。
リオネルが舌打ちをすると、マリアンヌを無理矢理抱き上げてソファまで運び、そこで乱暴に仰向けに押し倒した。そして、彼女の腰の上に馬乗りになる。
「あいつの名前を二度と口にするな。お前はボクのものになったんだよ」
マリアンヌの碧目は怯えたように震えている。
「安心しろ。時期がきたら、君を妻として迎えるから」
ふるふるとマリアンヌは首を横に振った。
「やめてください……」
「そうすれば、ここにいられるんだ」
修道院へ向かおうとしていたマリアンヌは、薄紫のワンピースの上に上着を羽織っていただけの格好だった。
もちろんマリアンヌも抵抗したが、力でリオネルに勝てるわけもない。
「エリ……」
「黙れ。二度とその男の名を口にするな」
「お世話になりました……」
マリアンヌは彼の執務室を訪れた。
忙しなく書類に視線を行き来させているリオネルの動きが止まった。
「どういうことだ?」
「エリク様がお亡くなりになりましたので、私はこの屋敷を出ていきます」
「なぜ」
まさか理由を聞かれるとは思ってもいなかった。
マリアンヌはリオネルにとって邪魔な存在であると、そう思っているからだ。
マリアンヌがいては、リオネルの縁談にも支障が出ることだろう。
「私がこちらの屋敷にいますと、旦那様の邪魔になるからです」
「誰がそのようなことを言った」
リオネルの声に怒りの色が見え隠れする。
「いえ、誰も。私が自分でそう判断しました」
下手な言い訳をして、関係のない使用人を巻き込んでしまうのは不本意だ。だからマリアンヌは、できるだけ言葉を選んだつもりだった。
「そうか……」
リオネルはエリクによく似た茶色の目を伏せた。
「マリアンヌ。君はまだ、自分の立場というものがよくわかっていないようだな」
茶色の髪をかきあげた彼は席を立ち、マリアンヌの方へ歩み寄ってくる。
トランク片手に扉の前に立っていた彼女は、そこから動けずにいた。
リオネルが目の前に立ち、見下ろしてくる。
マリアンヌは彼を見上げる。双方の視線が絡み合う。
「父が死に、父のものはボクが受け継いだ。つまり、君もだ」
マリアンヌには彼の言っている言葉の意味がわからなかった。
「親から子に遺産は相続される。父には他に子供はいない。だから、父のものは全てボクのものになったのだよ」
本来はマリアンヌにもその権利があった。だが結婚と同時にそれを放棄する念書を書かされた。それがエリクとの結婚の条件でもあったし、何よりリオネルと揉めたくなかった。
夢を見る時間を与えてもらったのだから、と。
そしてあの日、念書をリオネルによって見せつけられたマリアンヌは、全てを放棄した。
夢が醒めただけと、そう思っていたはずだったのに――。
カチャリと扉の鍵が閉められた。
「君がこの屋敷から逃げ出そうとするのが悪い。本当は、もっとゆっくり時間をかけてボクのものにするはずだったのに……」
マリアンヌには、先ほどからリオネルの言葉の意味が理解できなかった。
「これは邪魔だな」
ドスンと大きな音が響く。
リオネルがマリアンヌのトランクを奪い、投げ捨てたのだ。
「もう、遠慮はしない」
リオネルは乱暴にマリアンヌの後頭部に手を回し押さえつけ、無理矢理口づけた。
マリアンヌにとって、口づけは二回目だ。
一回目はエリクとの結婚式のとき。唇がちょっとだけ触れ合う程度のささやかなもの。それ以降、エリクとは唇を合わせていない。
となれば、もちろん、身体を暴かれたこともない。エリクとマリアンヌの関係は、夫婦というよりも親子に近かったのだ。
やっと唇が解放された。
とろんとした視線で彼を見上げると、リオネルは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「キスだけで感じたのか。淫らな身体だな。そうあの男に躾けられたのか?」
「エリク様を悪く言わないでください」
――ちっ。
リオネルが舌打ちをすると、マリアンヌを無理矢理抱き上げてソファまで運び、そこで乱暴に仰向けに押し倒した。そして、彼女の腰の上に馬乗りになる。
「あいつの名前を二度と口にするな。お前はボクのものになったんだよ」
マリアンヌの碧目は怯えたように震えている。
「安心しろ。時期がきたら、君を妻として迎えるから」
ふるふるとマリアンヌは首を横に振った。
「やめてください……」
「そうすれば、ここにいられるんだ」
修道院へ向かおうとしていたマリアンヌは、薄紫のワンピースの上に上着を羽織っていただけの格好だった。
もちろんマリアンヌも抵抗したが、力でリオネルに勝てるわけもない。
「エリ……」
「黙れ。二度とその男の名を口にするな」