マリアンヌの夫であるエリクが死んだ。享年、四十五歳。若すぎる死である。
 妻であるマリアンヌは碧色の双眸からはらはらと涙を流し、夫の死を悲しんでいた。彼女は二十歳になったところだった。
 若くして未亡人となり、心の拠り所を失った彼女は、瞳が溶けてしまうのではないかと周囲が心配してしまうほど、泣き続けていた。
 金色の髪は、吹き付ける風によって弄ばれていた――。



 エリクが亡くなり二十日ほど経った。片付けも終わった。あとはマリアンヌがこの屋敷を出ていくだけだ。
 彼と結婚をしたのはマリアンヌが十六歳の頃だった。
 彼女の義母がどこからともなく仕入れてきた縁談である。

 ――妻に先立たれたエリクがマリアンヌを後妻にと望んでいる。

 虫唾が走るくらいに、義母の狙いはわかっていた。
 なにしろ、その頃のエリクは金の亡者だの女狂いだの散々言われていたのだから。
 恐らく、義母がマリアンヌを売りつけたのだろう。

 だが、実際にエリクの元に嫁いでみると、噂がただの噂、いや、むしろ嘘であることがわかった。
 彼はとても紳士であった。小さな式を挙げた日も、幼い彼女を本当の妻にしようとはしなかったし、彼のほうから彼女を望んだということも打ち明けてもらった。
 だからマリアンヌは理由を尋ねた。
『なぜ、私をお望みになられたのですか?』
『君を……。あの家から助け出したかったんだ』
 エリクは知っていたのだ。マリアンヌが義母からどのように扱われていたのかを。
 彼に惹かれ、憧れを抱くには、充分すぎる言葉であった。

 だが、マリアンヌがこの屋敷に来てから、時折感じる視線がある。
 視線の持ち主はエリクの息子であるリオネルだ。
 彼はマリアンヌの二つ年下だった。
 やはり、たった二つしか年の違わぬ女性を母親とするには無理があるのだろう。視線を感じるたびに、いたたまれない気持ちになる。彼女は誰にも気づかれぬように、小さく息を吐いた。
 リオネルには悪いとは思いつつ、やっと手に入れたこの小さな幸せを失いたくなかったからだ。
 だから彼女は、いつも黙ってエリックに従っていた。

 だが、そのエリクが死んだ。この屋敷の当主はリオネルに引き継がれた。
 マリアンヌはこの屋敷を出て、修道院に身を寄せようと心に決めていた。