油断して手を離してしまった。

　顔面目がけて、拳が飛んでくる

「やめて！」
「おら！」
「なっ⋯！イテテテ！」

　李月の静止の声のあと、俺はお得意の柔道で相手を締めた。

　お得意というよりか、かっこいい男になるために身につけたんだけどな⋯

「俺は、少なくともお前より李月のことを知っている。李月がどんな女性で、何が好きで、何が嫌いで⋯李月の優しさに漬け込んでたお前に分かるか？」

　実はこの男、フルート奏者だが、「無名」の奏者だ。

　生活は李月に頼り、酒に溺れることも多々あり、終いには子供への暴力も判明した。

　何度も離婚を持ちかけたが、「辛い時支えたのは誰だ？」と、脅されていたという。

　全ておばさん情報だ。

「何が言いたいかって？お前みたいなやつに李月は縛られちゃダメなんだよ！李月は自由に生きるべき人なんだよ！」
「っ⋯！わかった⋯！書くから、離してくれ！」
「本当か？嘘なら、次は骨を折ってやる。」
「ホントだから、」

　ゆっくり手を離すと、真っ青な顔のまま離婚届に名前を書き始めた。

　書き終えた瞬間、逃げるように家を出ていった。

　もう二度と李月の前には現れないだろう。

「なんで、ここに陽翔くんが？」
「昨日送った時におばさんに来ていいか聞いてたんだよ。」
「陽くんいた方が、安心でしょう？」

　それにしてもいい男！、と肩をポンポンされた。

「いやぁでも、俺も久々に荒ぶれましたよ。もう、若くないのに。あはは⋯」

　静かに涙を流し始める李月。

「怖かったよね⋯もう大丈夫、李月さんは自由だよ。」
「陽翔、くん⋯ありがとう⋯ありがとう⋯！」

　帰り際こんなことを言われた。

「あの、今度の休みにね、一連のお礼がしたいの。空いてる？」
「空いてるよ。お礼なんていいのに。」
「親しき仲にも礼儀ありでしょ？」
「ありがとう、李月さん。」

　なんだか酸っぱい気分だ。

　20年遅れの青春到来のようだ。

　少しからかってみるか。

「俺はずっと、待ってるからね？」

　耳元てコソッと言ってみる。

「へっ⋯///！」
「またね。」

　明日、怒られるかもな。