インターネットの普及した昨今、日々企業や個人が様々な情報を発信し続ける、情報社会だ。
 新商品に新しい番組、天気や気温。欲しい情報はすぐに得られ便利な一方で、その手軽さ故に、詐欺やフェイクニュースや情報漏洩等、問題は常に蔓延り続けた。他にも推しの熱愛や心ない陰口、知りたくもない数多の情報の荒波に疲弊した人々は、ある時その解決策を考えた。

「そうだ、情報の『数』を制限してしまえばいい。そうすれば、選ばれ残る情報は、必要なものだけになるはずだ」と。

 しかし現実問題、いきなり全人類が統一して情報を制限するのは不可能だ。
 そこで試行錯誤の末、とある町をテストモデルとして、『情報解禁数』を制限する実験を行うこととなった。

 情報解禁数。つまり『新情報』を人に伝えられるのは、個人は一日五つまでとしたのだ。

 町全体での実験とはいえ、仕事現場で必要な業務上での報連相や、学校の授業等は制限がないらしく、生活に支障はない。
 個人での新情報なんて早々ないし、そもそも日に五つもあるはずがない。皆はじめの頃はそう思い、報酬が出るならと町は半年間のテストモデルを引き受けた。

 十歳以上の全町民に小型の端末が支給され、発した音声や端末に打ち込んだ文章すべてが実験機関のAIによって精査される。それを使うことが義務付けられ、半年間個人のスマホやパソコンは使えなくされたが、端末はネットも使えるしメッセージアプリも使用出来たので、然したる問題はなかった。

 とても大がかりで、莫大な時間と費用を掛けたのであろうその実験を、町が失敗させる訳にはいかない。しかも違反者数に応じて報酬も変わる契約だった。
 参加する町民は、皆が一丸となって実験に取り組むと思われた。

 しかし、あろうことか実験開始三日も経たずに、被験者の約九割が早々に違反者となってしまったのだ。


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「あ、やべ」
「あーあ……お前、まだ昼前だぞ。もうレッドかよ」
「うあー、まじか……またやっちまった」

 隣の席から、不意に小さな声が上がる。徐に覗き込むと、彼に支給された端末の画面は真っ赤に染まり、もう何の文字も打てなくなっていた。
 彼、明石はその使い物にならない電子の板切れを制服のポケットにしまい、深々と溜め息を吐く。

 これはレッドカードだ。今日はもう既に『情報解禁数』を破ってしまったことになる。

 町ぐるみの大規模実験開始から、明日で三ヶ月。その間、彼の端末は毎日レッドだった。おまけにそこからは、端末の機能は制限され文字は打ち込めないし、日付が変わるまでの間も音声のチェックは行われ、制限を越えた分だけマイナス評価が下される。

「毎日毎日……何でそんなに早いんだ? 明石だから赤が好きなのか?」
「んな訳あるか。こうなったら阿澄の端末で好き勝手書き込んで、マイナス記録更新させてやる」
「やめろよ馬鹿。僕は今日は調子いいからまだ三つも残って……、あ」
「今ので二つになったな?」
「くそ……もう今日は授業以外でしゃべらんどこ……」

 僕の残り情報数なんて、彼が知るはずもなかった。よって、今のでマイナスひとつ。
 明石と話しているとすぐにレッドになりかねない。僕は端末を取られないよう鞄にしまい、あからさまにそっぽを向く。
 しかし明石は僕の態度に傷付いたり構おうとすることなく、すぐに他のクラスメイトから話しかけられていた。彼は男女問わず話せる、コミュニケーション能力の塊だ。

「あ、何明石、もうレッドカードなの?」
「そー! もーさ、最悪……今日は推しの誕生日だから、あとでお祝いしようと思ってたのに……」
「いや、あんたの推しの情報とか知らんし。今のでまたマイナスついたんじゃん?」
「あー!!」

 はじめこそ楽勝だと思われていた制限は、思いの外難しいものだった。何かを口にすれば、相手がそれを知らなかった場合『新情報』にカウントされてしまうのだ。

 発する側と受け取る側、それぞれが認識している事柄だけを選び話すのは、日常生活においても難易度が高かった。

 お陰でこの三ヶ月、互いに考えや知識の共通認識を意識し合うため、思いやりやコミュニケーション能力の向上を感じている人も多いらしい。まあ逆に、僕のように他者とのコミュニケーションを断つ選択をする者も居たのだが。

 よく話しよく笑う圧倒的コミュ強。そんな人間としての優等生な明石が、この実験においては劣等生となるのは、何とも皮肉なことだった。

 他にも心境の変化といえば、かつてSNSで面白おかしく見ていたはずのフェイクニュースや、コラージュ写真やパクりなんかの存在の意味がわからなくなった。

 貴重な情報は、もっと正しくあるべきだ。制限の付きまとう煩わしい生活の中、確かに体感として、皆じわじわとそう感じるようになっていたのだ。その一点においてのみ、この実験は現段階で成功だと言えるだろう。


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「今日はマイナス三点……」

 毎日のスコアは端末に保存される。日々話題に事欠かない僕達学生にとって、一日トータルがマイナス三点はまだいい方だった。何なら校内でも優秀な部類だろう。

 何でも遊びに変えてしまう男子高校生からすれば、これは実験というよりは大がかりなゲーム感覚で、クラス内でスコアを比べ競うこともあった。
 けれどそろそろ皆、この不自由なゲームにも飽いていた。何しろメッセージのやりとりやSNSの更新すらままならないのだ。その反動で、会えばより会話も弾み、その分マイナス評価を叩き出す。

 実験開始から三ヶ月。もう折り返し地点となり、制限を気にせず情報を話す者が大多数を占めていた。けれどその中でも一部の制限行動が基本となった者とで、クラス内は以前にも増して二極化している気がする。

「……明石のやつ、毎日マイナス二桁だけど……大丈夫なのか、あれ」

 元々明石以外クラスに話せる相手の居ない僕は、特に制限を気を付けなくとも、誰かに情報を伝える機会が少なかった。
 それが情報制限を律儀に守っている優等生に見られるらしく、教員からの評価は高まり、クラスメイトからは真面目な奴扱いされていた。ただの人見知りな陰キャなのだが。

 けれど明石は僕とは対照的にお調子者で、友達も多い。その分今日のように、昼前にはレッドカードになることが多かった。

 明日は三ヶ月の節目とあって、全校集会でこの実験の主催者から何かしらの報告があると聞いている。
 もしかすると、この無意味な実験を取り止めるとお触れがあるかもしれない。

 実験は最早、破綻している。何しろ、制限を破ったとしてもペナルティもなければ強制力は無いに等しく、ただ端末を使えない不便を強いられるくらいだった。
 抜け道として、親の仕事用のパソコン等から友達にメールを送る者も居るようだ。
 他にも携帯義務のある端末を忘れたふりして部屋に置いて、リビングで家族に学校の話をする場合もあるし、固定電話で友達と通話することも出来る。どうとでも不正は働けるのだ。正確な数値は計測出来ていない。その点、素直にレッドを賜る明石は真面目だと言えるが。

 そんな不正ありきの状態ですら、大半の生徒は放課後までにはレッドカードだった。こうなると、制限を守ろうという同調圧力もないに等しかった。

「情報を制限だの、そもそも日常的には無理があるんだよなぁ……」

 環境が変われば、意識的な変化は勿論ある。けれど当然のように、明石のように誰とでもコミュニケーションを取るのが好きな者も、制限されれば反発したくなる者も居るのだ。情報の一律の統制なんて、不可能に近いだろう。

 端末に残る過去のスコアを一通り眺めて、電源を切る。僕は明日にもこの実験が終わることを願い、暗闇の中眠りに就いた。


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