真希からそれ以上の情報は送られてこなかったので、最初のカルテだけで精いっぱいだったのだろう。
1時間ぐらい経ってから、「これから始まる」とLINEでメッセージが届いた。
真希には高感度の小型マイクを下着につけてもらっている。
美晴とゆずはその音声をリアルタイムで聞く。
「それでは、これから移植手術を行います。本日は心臓と肺と、腎臓と……」
最初に、移植される臓器を読み上げていく。手術の間は器具がカチャカチャいう音や、指示を出す声ぐらいしか聞こえてこない。
合間合間に、「心臓は第2オペ室へ」「肺は第3オペ室」と指示の声が飛び、バタバタと足音が聞こえる。
やがて、すべての臓器を取り終えたのだろう。
「お疲れ様でした」
真希の声に、「いや~、こんなに緊張したのは生まれて初めてだよ。なにせ、政界の元ゴッドファーザーとか、警察庁の幹部とか、大物ばかりだからね。それ用の臓器だから、取り出すときに絶対失敗できないし」と医師はペラペラと話した。緊張が解けたのだろう。
「後は、移植チームにお任せだな。摘出チームは解散」
「お疲れ様です」
あちこちで声がかかり、医師は手術室から出ていったようだ。真希が後片付けをしている様子が伝わってくる。
「患者さんのご遺体は……」
「遺族は受け取りを拒否してるみたいだから、このまま葬式業者に引き取ってもらうみたい」
真希は年配の女性と話しているようだ。婦長かもしれない。
「でも、ご家族は病院に来てましたよね?」
「お金を受け取るためにね。振り込みでなく、現金での受け渡しなんですって」
「お金だけもらうってことですか。自分の子供なのに」
「まあ、遺体を見るのがつらいって言うのもあるんでしょ。自分たちの生活のために売ったようなもんだからね。植物状態になって、一番気にしてたのは入院費だったしね。生活が苦しい家庭は、どこもそんなもんよ」
美晴はやりとりを聞きながら、この病院ではもう何回もこういった移植手術が行われているのではないかと感じた。
現場のスタッフたちは戸惑っている様子もなく、すでに慣れている様子だ。真希も初めてではなさそうだ。
「木野さんは、この間、シャネルのバッグを買ってましたよね」
「まあね。あなたもボーナスをもらってるんだから、使わなきゃ損よ。こんな危ないことに参加させられてるんだから、せめて自分にご褒美をあげないとね」
その女性は「それじゃ、遺体安置所に運んどいてね。お疲れ様」と部屋を出て行こうとしたので、「みんなでご遺体を見送らないんですか?」と真希が問いかけた。
「そういうのはもうしなくていいって、浅野先生が言ってたから」
「そうですか……」
真希がため息をついて、遺体を運んでいる様子が伝わってきた。
「あの」
突然、誰かに話しかけられた様子だ。
「第2オペ室はどちらですか?」
女性の声だ。
「どちら様ですか?」
「すみません、私、移植コーディネートを担当している者で」
「ああ、この扉を入って、右に行ってすぐにありますよ」
「ありがとうございます」
それから、その女性は「このご遺体……提供してくださった方ですよね」と言う。
「そうです」
「摘出手術は成功ですか?」
「まあ、何とか。後は移植チームの腕次第ってところじゃないでしょうか」
「そうですか、よかったです。この病院は優秀なスタッフさんがそろっていて、信頼してお任せできるって片田先生も話していました」
女性は真希をねぎらおうとしたのかもしれない。
「片田先生……?」
「あ、すみません、今のは聞かなかったことにしてください!」
女性は慌てて去っていったようだ。
「片田先生って、もしかして」
ゆずがつぶやく。
「たぶんね。官房長官でしょ」
美晴はヘッドフォンを外した。
――今の女性、なんとなく聞き覚えのある声のような気がする。やっぱり、あの時、片田さんと私を引き合わせた人かな。暗くて硬い感じの声だったんだよね。
車で乗り込んできた人たちが帰るまで見張っていようかと思ったが、長時間いたら危険が増すので、真希から「終わった。帰る」とメールが来たタイミングで引き上げることにした。
1時間ぐらい経ってから、「これから始まる」とLINEでメッセージが届いた。
真希には高感度の小型マイクを下着につけてもらっている。
美晴とゆずはその音声をリアルタイムで聞く。
「それでは、これから移植手術を行います。本日は心臓と肺と、腎臓と……」
最初に、移植される臓器を読み上げていく。手術の間は器具がカチャカチャいう音や、指示を出す声ぐらいしか聞こえてこない。
合間合間に、「心臓は第2オペ室へ」「肺は第3オペ室」と指示の声が飛び、バタバタと足音が聞こえる。
やがて、すべての臓器を取り終えたのだろう。
「お疲れ様でした」
真希の声に、「いや~、こんなに緊張したのは生まれて初めてだよ。なにせ、政界の元ゴッドファーザーとか、警察庁の幹部とか、大物ばかりだからね。それ用の臓器だから、取り出すときに絶対失敗できないし」と医師はペラペラと話した。緊張が解けたのだろう。
「後は、移植チームにお任せだな。摘出チームは解散」
「お疲れ様です」
あちこちで声がかかり、医師は手術室から出ていったようだ。真希が後片付けをしている様子が伝わってくる。
「患者さんのご遺体は……」
「遺族は受け取りを拒否してるみたいだから、このまま葬式業者に引き取ってもらうみたい」
真希は年配の女性と話しているようだ。婦長かもしれない。
「でも、ご家族は病院に来てましたよね?」
「お金を受け取るためにね。振り込みでなく、現金での受け渡しなんですって」
「お金だけもらうってことですか。自分の子供なのに」
「まあ、遺体を見るのがつらいって言うのもあるんでしょ。自分たちの生活のために売ったようなもんだからね。植物状態になって、一番気にしてたのは入院費だったしね。生活が苦しい家庭は、どこもそんなもんよ」
美晴はやりとりを聞きながら、この病院ではもう何回もこういった移植手術が行われているのではないかと感じた。
現場のスタッフたちは戸惑っている様子もなく、すでに慣れている様子だ。真希も初めてではなさそうだ。
「木野さんは、この間、シャネルのバッグを買ってましたよね」
「まあね。あなたもボーナスをもらってるんだから、使わなきゃ損よ。こんな危ないことに参加させられてるんだから、せめて自分にご褒美をあげないとね」
その女性は「それじゃ、遺体安置所に運んどいてね。お疲れ様」と部屋を出て行こうとしたので、「みんなでご遺体を見送らないんですか?」と真希が問いかけた。
「そういうのはもうしなくていいって、浅野先生が言ってたから」
「そうですか……」
真希がため息をついて、遺体を運んでいる様子が伝わってきた。
「あの」
突然、誰かに話しかけられた様子だ。
「第2オペ室はどちらですか?」
女性の声だ。
「どちら様ですか?」
「すみません、私、移植コーディネートを担当している者で」
「ああ、この扉を入って、右に行ってすぐにありますよ」
「ありがとうございます」
それから、その女性は「このご遺体……提供してくださった方ですよね」と言う。
「そうです」
「摘出手術は成功ですか?」
「まあ、何とか。後は移植チームの腕次第ってところじゃないでしょうか」
「そうですか、よかったです。この病院は優秀なスタッフさんがそろっていて、信頼してお任せできるって片田先生も話していました」
女性は真希をねぎらおうとしたのかもしれない。
「片田先生……?」
「あ、すみません、今のは聞かなかったことにしてください!」
女性は慌てて去っていったようだ。
「片田先生って、もしかして」
ゆずがつぶやく。
「たぶんね。官房長官でしょ」
美晴はヘッドフォンを外した。
――今の女性、なんとなく聞き覚えのある声のような気がする。やっぱり、あの時、片田さんと私を引き合わせた人かな。暗くて硬い感じの声だったんだよね。
車で乗り込んできた人たちが帰るまで見張っていようかと思ったが、長時間いたら危険が増すので、真希から「終わった。帰る」とメールが来たタイミングで引き上げることにした。