「いいですか、もしも20代や30代にも選挙権を認めたら、皆さんの仕事がなくなるかもしれないんですよ?」
 その日、ある公民館に40代以上の住民が集められた。
 200人ぐらいの聴衆を前に、民自党の議員が熱弁をふるう。
「皆さんは今、正社員として働いていますよね? それは我々民自党が皆さんの立場を守っているからなんです。皆さんのようなベテランが、世の中では活躍するべきなんですよ。20代や30代の仕事ができない若者に皆さんの仕事を取られてもいいんですか? 何もできない若造が皆さんと同じ額の給料をもらうことになるんですよ」

 その議員は、聴衆が戸惑ったような表情でいることに気づいた。つい一週間前は、同じ話をすると盛り上がったものだ。それで、「これなら今回の選挙もイケる」と手ごたえを感じていた。
 議員の演説が終わり、質疑応答に移った。
 最前列に座っていた男が手を挙げて、おずおずと立ち上がる。

「あのー、私は55歳で正社員をやってるんですが、そのー、私の子供は28歳と32歳なんですが、二人ともバイトをして食いつないでるんです。それも、時給がものすごく安くて。それで、私と女房の稼ぎで何とか家族4人が暮らしてる状態なんです。で、私は去年、腰を痛めてしまって、本当は仕事を減らしたいんです。でも、それができなくて……だから、私としては、20代と30代も正社員として雇ってほしいなと。自分の仕事を代わってもらいたいぐらいで。選挙権のことはともかく、20代と30代も正社員として働けるようにしてほしいって思います」

 議員は言葉に詰まってしまった。
「えー、まあ、腰を痛めてしまったら、働くのはつらいですよね。疾病手当でももらって、ゆっくり休んでください。お大事に。それじゃ、次の人」
 次は銀髪の細身の女性が指されて立ち上がる。

「私には30代の娘がいるんです。娘は引きこもりです。バイトの面接はずっと落ち続けて、やっと採用されても、すぐにクビになる。そんなことの繰り返しで、働く気がなくなったって言って……主人だけの給料ではやってけないから、私もパートでフルタイムで働いてます。でも、私たち夫婦が死んだ後、娘はどうなるんだろうって思ったら、不安で不安で、夜眠れないこともあるんです。娘が働けるようになるのが先か、私たちにお迎えが来るのが先か……いつまでこんな生活を続けなきゃいけないんですか? 政治の力で何とかならないんですか?」

 女性は静かに涙を流す。議員は言葉が見つからず、「次の方」と一段と高く手を挙げている女性を指した。
 会場の隅に座っていた、帽子を深くかぶった女性が立ち上がる。
「あなたにはお子さんはいらっしゃいますか」
 唐突に聞かれ、議員は戸惑う。
「ハイ、息子が二人おりますが」
「息子さんは何歳ですか?」
「それを言う必要はないかと」
「30代の息子さんが二人いらっしゃいますね。そして、二人とも官公庁で働いている。官僚として」
「いや、それは」

「民自党の議員のお子さんたちはみな、20代でも30代でも、官公庁の官僚や大企業の正社員として働いてますよね。つまり優遇されてる。仕事には困らないわけです。自分たちの子供の立場はしっかりと守って、私たち国民の子供は見捨てる。それがあなたたちのやってることですよね」
「あなたは、一体?」
 女性は帽子をとった。
「真実の党の党首、影山美晴です」
 場内がざわつく。
「おいっ、あいつをつかまえろ!」
 議員が指示を出すと、次々と聴衆の中から美晴の仲間が立ち上がり、美晴のまわりに立ちはだかる。

「皆さん、気づかれたようですね。そうです。40代以上が優遇されても、結局、困るのは国民全員なんです。20代30代の仕事がなければ、親世代の負担が大きくなる。今は定年も廃止されて年金は75歳にならないともらえません。75歳までずっと現役世代として働かなきゃいけないなんて、ムチャな話ですよね。それに、皆さんのお子さんは、結婚どころではなくなってるんじゃないですか?」
「そうなんだよ!」
「その通り!」
 聴衆は身を乗り出して合いの手を打つ。

「まともな仕事に就けないのに結婚なんて、諦めたくなるのは当然です。だから、晩婚化も少子化も、この15年でものすごく進みました。このままじゃ、この国は終わります。だけど、たった一つ、この国を救う方法があります。それは、政権交代です」
「おい、やめさせろ!」 
 議員やスタッフが美晴にとびかかろうとしても、仲間たちが体を張って止める。

「政治で何も変えられない。皆さんはそう思ってるかもしれません。だけど、その政治が皆さんの生活をここまで苦しくしたんです。だから、その流れを断ち切らないといけない。真実の党が政権をとったら、20代30代も正社員として働ける世の中に戻します。選挙も18歳から投票できるようにする。一部のお金持ちだけが得をするような不公平な世の中を正します。それは、ごく当たり前のことです。みんなが普通の生活をできる世の中にしたい。そのために私たちは立ち上がったんです」

「皆さん、こんなやつの話を聞かないでください! でたらめばっか言ってるけど、こいつは犯罪者ですよ⁉」
 喚き散らす議員を、「うるさい!」と聴衆は一喝した。議員はたじろぐ。
「私は一度、この国を変えるのを諦めました。でも、もう諦めません。何が起きても、最後まで闘います」
 美晴がマイクを下ろすと、聴衆は次々と立ち上がり、大きな拍手を送る。会場に割れんばかりの拍手が鳴り響いた。議員は顔を真っ赤にして歯ぎしりしている。

「どうしますか。総理に報告しますか?」
 側近に聞かれて、「いや、総理に何にも言うな」と議員は止めた。
「こんなことが総理にバレたら、オレが大目玉を食らうから。なんで途中で止めなかったんだって、しつこく追及されるぞ? あの人のことだから、何か制裁があるかもしれないし。何も起きなかったことにするんだ。いいな?」
 側近たちは顔を見合わせるしかなかった。


 その会社では、投票日の前々日に社員全員で期日前投票に行くことになっていた。
 40代以上の社員がマイクロバスに乗り込むためにエレベーターを降りると、1階のエントランスホールに若者が30名ほど集まっていた。みな派遣されて来たエンジニアだった。

「なんだ、どうした。君たちは投票に行かなくていいんだぞ?」
 社長が怪訝な顔をしていると、若者はいっせいに頭を下げた。
「お願いします! 真実の党に入れてください!」
 年長の社員たちは「何事か?」という顔で若者を見ている。
「僕らは投票したくてもできないんです! だから、真実の党に入れてください!」
「いや、でも、それはちょっと」
 社長は言葉を濁す。

「民自党から投票するように言われてるんですよね? でも、投票用紙に書くときは監視されてないみたいなので、真実の党って書いても大丈夫みたいです」
「いや、そんな簡単なことじゃないんだよ。もし造反がバレたら、会社をつぶされるかもしれないんだから」
「真実の党に入れないのなら、僕らはここを辞めます」
「うちを辞めたって、すぐに派遣先は見つからないでしょ? 今は仕事がなくて困ってる若者が多いんだから。あなたたちは恵まれてるんだからさ、もう少し賢く立ち回らなきゃ」
「僕らは海外に行きます」
 リーダーらしい男性はキッパリと言う。

「海外からオファーが来てるんです。だから、このまま民自党が続くんなら、僕らは海外に移住しようって考えてます。だって、僕らはあなたたちよりもずっと働いてるんです。それなのに安い時給しかもらえない。こんな生活、この先もずっと続けたいって思えません。夢も希望もない国で、これ以上、働きたいって思えません。だから、真実の党に僕らは最後の望みをかけてるんです」 
「そんなことを言われたってさあ」
 若者たちは目配せすると、「真実の党に投票する気ないんですね? それじゃ、これで失礼します」と、ぞろぞろと出て行った。
「ちょちょちょっと待って。そんな急に仕事を投げ出されても困るんだよっ」
 社長は慌てて後を追う。だが、若者は誰一人として振り返らなかった。

「っくそ、代わりの者を入れないと。至急、人材派遣会社に連絡して」
「社長、たぶん、ダメです」
 人事の男が弱々しく言う。
「一週間前から、人材派遣会社に問い合わせても、若いエンジニアの登録はゼロだって言われて」
「へ?」
「真実の党に入れない会社では働かないって、どこの会社でもボイコットが起きてるらしいんです。代わりの人材を雇おうと思っても、登録している人がいないから、仕事が止まっちゃってるって、あちこちの会社で悲鳴が上がっていて」
「そんなこと言ったら、今進行してるプロジェクトはどうなるんだ! 国からもらった仕事なんだぞ?」
 社長は目をむいてから、「あいつらを呼び戻さないと」と駆けだそうとした。

「社長、真実の党に入れるんですか?」
「入れるって言っときゃいいんだろ? 投票してるところは見られないんだから」 
「それが、あいつらは投票所の監視カメラを操ってチェックするらしいんです。どこの党に入れたのかを。それぐらいのこと、朝飯前というか……」
「なんだって?」
 社長は呆然と立ち尽くしていた。
「それじゃ、どうすればいいんだ……?」