「鈴子ちゃんのおかげでもあるけど、ちゃんと自分で気づけたのは偉かったよな。愛斗が今まで持ってなかった『夢』がいつの間にか芽生えてたワケだし。いやー、成長、成長!ご褒美に俺もよしよししてやろうか? 」

「お断りします」

僕は黒淵にこれ以上真っ赤な顔を見られないように石階段を駆け下りていく。

「お。俺より早く降りれると思ってんの? 」

「一番早く降りれた人が夕飯おごるってことで」

「どうせ俺しか金持ってねーじゃん」

見れば火華が黒淵と僕をあっという間に追い越すとその小さな姿は暗闇に紛れて見えなくなった。

「はぁ……お姫様もまだまだ子供だな……」

黒淵は僕と顔を見合わせて笑うと、夜空を眺めながら石階段を再び降りていく。僕はスピードを早めた黒淵の後ろ姿を眺めながら、ゆるんだ口元をそのままに胸に手をあてた。

(あったかいな……)

この一年、黒淵と火華と一緒にいる中で僕自身が少しずつ変わっていっていることに気づく。

今までは他人と関わりたいと思うこともましてや他人の想いなど興味がなかったから。このあったかい想いはきっと、他人との関わりの中でしか得ることができない特別な想いなのだろう。


石階段を下り終えると鳥居の前で黒淵と火華が僕を見てすぐに笑った。

「はい! 言い出しっぺの愛斗のおごりっていうか、給料から差し引きな」

「金持ってるくせに、ケチっすね」

僕はわざと憎まれ口をたたいて見せる。僕と黒淵のやり取りをみながら、火華がくすくすと笑う。

(ほんと寂しくないや)

両親が亡くなり、これからずっとひとりぼっちだと勝手に思い込んでいた去年の僕に教えてあげたい。

僕は一人じゃない。いつも隣にいてくれる赤の他人に僕はこんなにも居心地が良くて、ちっぽけな幸せすら感じている。

心はいつだって哀しいよりも、あったかい。

「愛斗、いくぞ」

黒淵が胸ポケットからタバコを取り出すと火をつけた。その煙が一本線となってまるで鈴子とその想いを弔うように夜空へと消えていく。

僕は二人の影を追いかけながらもう一度空を見上げた。この心に芽生えたささやかな夢を抱いて不確かな未来を真っ直ぐに歩いていく。


──これからもずっと二人と一緒に。