──何なの、うるさいわね!

鈴子の唇は動いてはいないが、僕の心の中には鈴子が僕にむける悪意が勝手に流れ込んでくる。

僕は思わず俯きそうになるのをこらえると鈴子から視線をそらし黒淵を見た。
黒淵なら今回の依頼は、当然ノーのはずだ。

今までも別れた恋人への想いの供養や亡くなった人への慕情を供養したいといった依頼は、自分自身を見つめ、寄り添いながら乗り超えていくべき案件だということで黒淵が依頼を受けることはなかった。

あくまで僕ら『想儀屋』が請け負うのは、いじめやが虐待といった精神的苦痛によるトラウマにより明日が怖いと感じる人、明日が来なければいいのにと涙を流す哀しい想いを抱える人達のために想儀を行ってきた。

「夢への想いを供養ご希望ですね、招致致しました」

「え! ちょっと……黒淵さんっ」

──黙ってよ! 関係ないでしょ!
鈴子と視線は合わないが悪意だけは心に響く。

(そうだ、僕には全然関係ない……でも)

「ぜひお願いします」

鈴子がスカートの裾を握りしめながら、黒淵に返事をする。

「では契約成立ですね、お支払いは後程現金で」

「はい、わかりました」

黒淵は僕の言葉を気にも留めずに、鈴子の情報を黒い手帳にボールペンでメモしていく。

「木村様、一つ確認ですが、一度供養した想いは空に還ります。即ち、現世では同じ想いを抱くことができませんが宜しいでしょうか? 」

鈴子は背筋をピンとたてて「はい」と短く返事をした。

(一体なんなんだよっ! いつもなら断る案件のはずなのに)

「黒淵さん!待ってよ!なんでこの案件を受けるんですか! 」

僕はいつになく感情的になっていた。理由は自分でもすぐに分かった。

──僕には夢がないから。

なにか目標と呼べるものすらない僕にとって夢なんて、本当に夢だ。憧れだ。

こうなりたい、こうでありたい、などという生きていくうえでの自分自身の指針をもつことなど僕には可能なのだろうか。いつかできるんだろうか。そんな強い想いを糧に生きていくことを素直に楽しめる日などくるのだろうか。