──「愛斗、愛斗」

大きな掌で揺すられて僕は瞼をこじ開ける。いつの間にか眠っていたようだ。

「あ……僕……」

「起きろよ。来たよ、依頼人ちゃん」

(ん? ちゃん? 女性か……)

寝ぼけ(まなこ)の僕の頭にポンと触れると黒淵は視線で『おもひで古書』の扉を指し示した。

見れば女性が、ガラス張りの引き戸に手をかけたのが見える。入口横の辞典の上で丸くなっていたはずの火華は、僕より先に起きていたようで体育座りをしたまま、じっと引き戸を眺めていた。

ガラリと音がして小柄な女性が雑然とした店内を気にしながら入ってきた。肩までの黒髪にすっきりとした瞳の女性で身に着けているのは制服だった。その姿になぜか違和感ん感じる。

(あれ?……なんだろう……? あと高校生? )

立ち上がった僕は、黒淵にツンと背中を押されて前かがみになりながら、女性に向かってお決まりのセリフを口に出した。

「あ、いらっしゃいませ。ご想儀の件でしょうか? 」

女性は小さく頷くと僕の後ろで店の奥へと掌を差し出している黒淵にすぐに視線を移した。

「どうそ、こちらへ」

黒淵はカウンターの後ろの丸椅子に腰かけると、女性も僕があらかじめカウンターの前に置いておいた丸椅子にちょこんと腰かけた。僕は少年漫画のコーナーから木製の踏み台を移動させて、カウンターの横に置き腰かける。

「……では早速ですが、お名前と想儀に出したい想いをお聞かせ願いますか? 」

女性は黒淵と視線を合わせると小さな声で質問に答えていく。

「私の名前は、木村鈴子(きむらすずこ)で高校三年生です。供養してほしいのは……」

僕は唾をごくりと飲み込んだ。この一年で数十人の想儀に立ち会ったが、依頼人が供養してほしい想いを口にするときは緊張する。

──その想いを本当に供養してしまって良いのか僕には判断できないことが多いからだ。

鈴子は一呼吸すると、黒淵への視線をそのままに言葉を吐き出した。

「夢……への想いを捨て去りたいんです。供養して頂けますか? 」

「えっ!…夢を……? 」

思わず大きな声をだした僕をすぐに鈴子が睨んだ。