ふいに頬に触れたモノが、それだと気づくのに僕はさらに少し時間を要した。生まれて初めてだったからだ。

「意外とあったかい……」

ぽつりとつぶやいた僕に火華がそっと黒いハンカチを差し出した。僕は火華からハンカチを受け取ると、初めて流した涙をしみ込ませるようにハンカチを目頭へと押し当てる。

「……この度はご愁傷さまでした。以上をもって夜川愛斗の想儀を終了致します」

黒淵は僕に一礼すると唇を引き上げた。そのニヤけた顔に頬が熱くなる。

「な……なんだよっ……」

やっぱり僕は黒淵が嫌いだ。僕は雑に涙を拭き終わると、これでもかと目を細めた。

「お、こわっ。いや、無事供養できて良かったなと思ってね。それにまさか、キミの人生初の涙のオマケまで見られるとは思ってなかったし。ご両親も喜ばれてると思うけど? 」

「それはどうも」

「かわいくねぇのな、火華、こいつ燃やしちゃって」

僕が思わず目を見開いたのをみて、黒淵がケラケラと笑った。よく見れば火華もくすりと笑っている。

「人まで燃やせるワケねーじゃん。火華が燃やせるのも供養できるのも人間の哀しい想いと記憶だけだから。ほらよ、ご褒美!」

「わっ……」

黒淵からこちらめがけて放り投げられたのは真っ赤に熟れたリンゴだった。

「……リンゴ……? 」

僕訝しげに右手の中のリンゴを見つめた。

「なぁ、愛斗リンゴの実の花言葉知ってる? 」

「はぁ……? 」

黒淵は長い石階段を両手をポケットに突っこんだまま降りていく。火華を見ればその一段後ろを和紙で折り鶴を折りながら器用に降りている。

(リンゴの花言葉か……たしか大学の講義で……)

「『選択』でしょ? 」

僕は喪服のジャケットの裾でリンゴを擦ると、乾いた喉を潤すようにリンゴに噛り付いた。先を行く黒淵が踊り場で立ち止まると、ふいにこちらを振り返った。