黒淵が僕を連れてきたのは、家から十五分程歩いたところにある、寂れた小さな神社だった。

「ここは……?」

鳥居を潜れば、黒淵は数百段はある石階段をひょいひょい登っていく。僕も負けじと足をひたすら動かすが、だんだんと太ももが上がらなくなってくる。

「愛斗くん、運動不足じゃないの? 」

「はぁっ……う……るさいなっ……」

黒淵は僕を馬鹿にしたような笑みを浮かべながら尚もスピード上げて登っていく。僕は小さくなりかけた黒淵の背中を何とか追って、境内にたどりついた。

「おもひで神社……? 」

石階段を上りきると拝殿に掲げられている神社の名前が気になった。平仮名の神社なんて珍しい。そもそも生まれてからずっとこの土地に住んでいたのに、この神社のことを僕は全く知らなかった。

(そんなことあるのか? 一体どうなってるんだ……?)

「ごめん、おまたせ」

黒淵が境内の周りに茂る一際大きなクスノキに声をかけると黒い人影が姿を現した。

「……遅かったのね……」

その声は人間とは思えないほどに凛と澄んだ声だった。人影は真っすぐに暗闇から僕の目の前にやってくると、にこりと微笑んだ。

「愛斗、彼女がお姫様だよ。この神社の巫女でキミの想儀を執り行ってくれる。名前は火華だよ」

火華は僕に軽くお辞儀をするとじっと僕の瞳を見つめた。その見たこともない赤い瞳に心臓が大きく一跳ねした。

「おいおい、自己紹介しなよ」

黒淵に言われて僕は慌てて口を開いた。

「えっと、夜川愛斗です。その想儀?をお願いしたくて……」

僕自身もまだ半信半疑で状況をうまく飲み込めていない為、ひどくぎこちない言い方になってしまった。火華は何も言わないまま、黒いワンピースのポケットから白い折り鶴を取り出すと僕に手渡した。

「これ……? 」

渡されるがままに受け取った折り鶴だが、その材質は柔らかく、少しだけ繊維のざらりとした感触がして、通常の折り紙とは全くの別の素材のものを使って折られている。そしてその折り鶴の大きさは両手の掌サイズ程ある。

(大きいな……想儀に使うのだろうか? そもそのこれ何の紙だ? )

「和紙だよ」

思わずすぐに顔だけ黒淵に向ければ、黒淵はまたタバコに火をつけたところだった。

(なんでいつも……)

まだ出会って少しの間しか一緒に居ないが心が読めるかのように、僕の心の中の疑問に黒淵はタイミングよく答えてくる。隣に立ったままの火華を見遣るが彼女と視線があうことはない。

「さてと始めるよ。愛斗くんの想儀」