「政府の上層部は、この荒んで腐りきったこの国で人間が生きていくうえで、哀しむ感情さえなくなれば、お金や仕事がなくとも国民は嘆くことなく幸せに暮らしていける……なんて馬鹿な考えを理想として掲げて、実行に移そうとしたんだ。

でさっき話したけど、キミのご両親がやっとの思いで開発した薬を政府は手放しで喜んだ。だが国民にばら撒く前に、高い金を払って秘密裏に治験データを取った際、とんでもないミスが発覚したんだ。

それは『哀』の感情を失えば、人は哀しみ涙を流さなくなる代わりに、何かに心を揺すぶられて感動することも、嬉しくて心が痛くなることも切なくなることもなくなることが分かった。人間の喜怒哀楽の感情は、四つが密接につながり絡まりあうことで、俺たち人間は人間らしく生きれるってことなんだよ。結局ね……」

黒淵は一気にまくしたてように静かに言葉を吐き出すと藍色に変わった空を眺めた。その表情はどこか苦し気に見えた。僕は両親の顔を思い浮かべる。

「……父さんと母さんはその薬のデータを……消去したってことですね」

思ったよりも冷静な声色だった。黒淵が唇を引き上げる。

「正解。で、その研究データを応用してキミの為だけにこの『想儀』のシステムを開発して俺に託したんだ。ここまで言えばもういいよね? 」

僕は黙ったまま小さく頷いた。


「とゆーことで、じゃあ早速だけど、ついてきてよ」

黒淵は縁側から立ち上がるとさっさと玄関先へと向かっていく。

「ちょ、待ってよ!どこに? 」

黒淵は立ち止まり顔だけこちらに向けた。

「ここじゃ想儀できないんでね。くどいけど、君の想儀を執り行うことが君のご両親の望みであり、ご両親が研究してきた成果が初めてわかる、治験第一号が夜川愛斗くん、キミってことで宜しく」

黒淵はくるりと顔を戻すと、また再び歩き出す。

「急がないとそろそろお姫様が痺れを切らすから」

「え? お姫……さま……? 」

僕の問いかけにそれ以上の答える気がない黒淵の後ろ姿を、僕は慌てて追いかけた。