「また明日……」

小さく声をかければ目の前の小鳥も、また明日ね、と僕にしかわからない言葉で挨拶をすませオレンジ色の空へと消えていく。

また明日か……

口を突いてでた言葉を反芻すると僕は思わず笑った。一年前の僕とはまるで違う。

──明日も呼吸(いき)するために俺らといるんでしょ、愛斗(あいと)は。

長身、黒髪、万年黒のスーツを身に纏い呆れた顔でこちらを眺めながら、積み上げられた古書に囲まれたカウンターの上でタバコをふかすアイツの顔がよぎった。

「ふぅ……」

僕はあんぱんとタバコを買い忘れていないか、もう一度確認してから、コンビニの袋をぶら下げ歩いていく。大通りから細い路地を入って神社の脇を抜けた突き当りにお目当ての場所はある。僕はあの日の想いをかかえたまま、なんだかんだその店に入り浸っている。

理由は簡単だ。

──余計な音が聞こえてこない人たちだから。

なぜ彼らから余計な声が聞こえてこないのかはわからない。ただ彼らといることで少なくとも明日を憂うことはなくなった。

見れば目の前を薄汚れた野良猫が、こちらを期待しながら見つめてくる。その瞳は哀しく心はあてもなく宙を彷徨う過去の自分に重なる。

「ほらよ……」

僕はコンビニの袋から食パンを取り出すと四つに割いて野良猫の前にそっと置いた。野良猫は期待が現実になった喜びを表現するように一声鳴くと、壁の隙間へとパンを咥えて消えていく。その隙間からは、小さな子猫たちの鳴き声が聴こえてきた。

「僕も偽善者だよな……」

明日も明後日も食べ物を与えてやれるワケでもなければ、あの野良猫を探そうとすることもないくせに。

──愛斗は、なんでも難しく考えすぎなんだよ。理由なんている?呼吸できなくなるよ、そんなんじゃ。

(うるさいよ。親でも兄弟でもなんでもないくせに)

僕は緩やかに沈んでいく夕陽を眺めながら、ため息を吐き出した。それでも、彼らはほかの他人とは違う。一緒に居ればいる程、居心地の良さを感じて僕は彼らとの距離感が分からなくなってくる。