次に目が覚めたとき、わたしは部屋のベッドの上にいた。時計を見ると、早朝三時。日付は、きみが事故に遭ったあの日。
時が戻っていた。
「……?」
喉に違和感を感じる。声が、出ない。いくら力を入れても、唇からはくぐもった吐息のような音しか漏れない。
両手を喉元に添え、困惑した。わたしは、声を失っているらしかった。
「……」
これはきっと、代償だ。あの日に時が戻った代わりに受けた罰なのだと直感する。
でも、今はそんなことはどうでもいい。わたしは急いであの交差点に向かった。
時刻は六時ちょうど。あの日の六時十五分に起きた悲惨な事故は、まだ起きていない。わたしは、りんちゃんたちときみを襲った悲劇が起こらないよう、コンタクトを落としたのだと困ったふりをして、交差点の手前でみんなを足止めした。信号無視のトラックはやはり猛スピードで交差点を突っ切っていったけれど、幸い大きな事故にならなくて済んだ。
きみは事故のことなんてなにも知らずに、わたしのコンタクトが見つかると、さっさと歩き出してしまう。
わたしは思い切って、きみの袖を引いた。
「……ん?」
振り返ったきみは、不思議そうにわたしを見下ろしていて。蘇ったきみの中には、やっぱりわたしの存在はないようだ。
ぽろり、と涙が落ちる。いろんな感情が声にならない代わりに、涙となって溢れ出す。
「えっ!?」
きみは慌てて、わたしをなだめてくれる。りんちゃんたちも、わたしを優しくなぐさめてくれて。
悲劇だったはずのあの日の六時十五分。わたしは心から笑った。
これで良かった。だって、きみとりんちゃんが生きている。
わたしの世界は、きみが染めた鮮やかな極彩に色付いたまま守られたのだから。
それからわたしは、きみとの出会いを何度も繰り返した。何度も、きみがわたしを忘れてしまうから。
わたしを忘れたとき、きみはいつだって酷い怪我をしている。だからわたしも、ときどき自分の色と引き換えに、時を戻してきみを助けたりして。
わたしはきみを想うたび、パレットから絵の具が抜かれていくように、色を失っていく。きっと次に失うのは赤で、その次は視界だろう。でも、わたしの視界はきみのおかげで鮮やかに色付いたままだから、怖いことなんてなにもない。
きみと出会いを繰り返すたび、わたしは悲しくて苦しくて、たくさん泣いたりするけれど、それでもきみが赤い傘を差しているところを見るたび、涙が出るほど嬉しくなるから。
だってきみは、未来を見るたび、まるきりわたしを忘れてるはずなのに、雨が降るとわたしがあげた赤い傘で帰っていくから。今はまだ、赤色だけは分かるから。
雨上がりのしっとりとした空気に満ちた音楽室。
風が動く。
三月の初め。きみはまたわたしを忘れて、中学を卒業していった。もう、あの音楽室にきみはいない。



