「命令だ。汪青(おうせい)の人間はすべて根絶やしにしろ!」

 暗い森に響き渡るのは、鍛え上げられた憲兵たちの怒号だ。そこら中を照らすため松明を振るたびに火の粉が舞い、木々がざわめき獣のうめき声が木霊する。

「とくに男はひとりも残すな。呪詛を残されると厄介だ。亡骸も丁重に扱え。弔いは朱鳥(しゅちょう)家か宝亀(ほうき)家の者に依頼する」

 指示を飛ばし、もう一度森の奥を照らして凝視するが広がるは暗闇ばかりだ。憲兵長は舌打ちし、ひとまず踵を返す。三月の夜、辺りは肌寒いがここは熱い。四大加術家のひとつ汪青家の館が炎に包まれているのだ。

 皇帝直々の命令とはいえ、こんな事態になろうと誰が予想していたのか。逆らうつもりは毛頭ないが、胸騒ぎが治まらない。
 この国の始まりと共にあった四大加術家のひとつを失う。均衡と均整が崩れる。

 これから()家はどうなるのか。どこにいこうとしているのか。

 八つになる少女、汪青春咏(しゅんえい)は目を眇め、遠くにある灯りが消えたのと同時に再び走り出した。夜に溶け闇と化した森でも春咏にとっては、庭みたいなものだ。

 目もすっかり慣れ、真珠星を見つけ方角も理解する。とはいえどこを目指せばいいのか。

 冷静さを保つ一方で、勝手に涙が溢れ横に流れていく。歯を食いしばり、両手に抱えた箱を抱き直した。続けて無意識に右手の人差し指と中指を立て、すぐに思い直す。

 だめ! 今、式を飛ばしたら気づかれる。

 他の加術家もおそらく皇帝側につくだろう。当然だ。四大加術家は、すべてはこの国と国を治める瑚家の繁栄と安寧のためにあり続けてきたのだから。

 それがなんで? どうしてこんなことになったの? 兄さん……。

 夜着一枚で着のみ着のまま、荷物も最低限。運良くあの場を逃れたものの、待ち受けるのは深く暗い闇だけだ。先なんて見えない。

 この日を境に汪青家は族滅し、朱鳥、太白(たいはく)、宝亀が加術御三家となった。