とても寒い冬のこと。
 王都の外れの村の中、薪を抱えた金少華(きんしょうか)はザクザクと歩を進めていた。
 遠くに見張りはいるものの、山小屋で一人きり、寒さを凌がないといけないため、まだ太陽が出ている間に山の中で木々を拾い集めてきたのだった。
 ちょうど粉雪が舞い散りはじめたため、歩く速度を上げる。

(やっぱり、薄い襦裙(じゅくん)の上に狐の毛皮だけじゃあ薄くて寒いわ……だけど、これしか持ってない)

 一度強い風が吹き、少華の艶やかな黒髪が宙に翻った。

(あれは――?)

 ふと、前方を見やると、普段は誰も訪れない山小屋の近くに人の気配があった。

(あれは――)

 立派な黒熊の毛皮を被った老人――白髪交じりの髪に、熊のような体格の父親が立っているではないか。

「少華、息災だったか?」

「お父様……!」

 この国の丞相(じょうしょう)である父だと分かり、少華は歓喜の声を上げた。
 忙しい父との交流は少ないものだったが、血の繋がった肉親との再会はやはり嬉しく感じるものだ。
 笑顔を浮かべた父のそばに近付いていくと、皺がれた声で返事があった。

「少華、一人娘のお前をこのような目に合わせてしまってすまなかった」

「いいえ、お父様、お気になさらないで」

「そういってもらえると、儂も助かるよ……」

 滅多に向けられない笑顔を見ていると、少華の気持ちも上向いてくる。

(お父様……)

 大陸の東にある東華国(とうかこく)
 王都に住まう金家は、代々霊獣・青龍(せいりゅう)に仕える清らかな力を持つ巫女を輩出する家系だった。
 だけれど、なんとか生まれた女児である蘭少華には清らかな力はなかった。代わりといってはなんだが、触れた者の過去が時折視える異能――過去視(かこし)を持っていた。

 ――巫女としての清らかな能力ではなく、奇怪な異能持ち。

 挙句、その力に問題があった――。


『そのお皿は二番目のお兄様が割ったのです』

『はあ? 何を言っているんだ? 少華? この皿はお前がわざと割ったんだろう?』

『え……!? 少華はそんなことしません!』

『そうじゃなきゃ、皿を割った犯人が分かるわけない! この嘘つき少華!』


 ――過去視を信じてもらうこともなく、少華は生家の兄達からも疎まれ、「嘘つき公主(こうしゅ)」として迫害され、王都の外れの村で生きることになってしまったのだった。


「お父様、今日はいったい、どういった御用なのですか?」

 嬉々として尋ねた彼女に向かって、厳かな口調で丞相は返答した。

「少華、お前に後宮にいってもらいたい」

 その言葉を聞いて、少女は目を真ん丸に見開いた。

「私が後宮にですか――? 妃として務まるとは到底思えないのですが――」

「そうではないのだ」

「え?」

 だったらどういうことなのだろうか――?
 身構えていると――。


「お前には、宦官(かんがん)として後宮に潜入してもらいたい。そうして、残酷帝・青龍帝の弱みを探ってきてもらいたいのだ」


 ――予想外の返答があったのだった。