横にいる金髪先生に確認しておきたい事があった。まだそんなに親しい間柄ではないが、下宿人と下宿のおばちゃんみたいな距離だろうか。

「そういえば、あんたのことなんて呼べばいいの? お父さんっていうのも正式に入籍していないし、お兄さん? 金髪先生? 死神先生って呼ぶべき? 人気漫画家だし」
 ナナはさりげなく、でも、とても重要なことを聞いておいた。

「エイトでいいよ、先生呼びは割と苦手だ。それにしても、死神先生はないだろ」

「じゃあ私のことは、ナナってよんでね」

 エイトは売れっ子漫画家なのに、思ったよりも気さくで良い人のようだ。 

「ねぇ、私ってお母さんに似てる?」

「うーん、あんまり似てないな」

「えー? 結構似てるっていわれるんだけどな」

「美佐子さんはもっとしっかりしているというか、タイプが違うよな」

「私に面影重ねたりしないの?」

「しない。だって、お前にも美佐子さんにも失礼だろ。親子でも別人格なんだから」

 そっかー。母と重ねることはないということは、女性としてみてないってことなのね。というかエイトのタイプの女性ではないってことなんだよね。そんなどうでもいいことを考えてみる。

「エイト。私、急に心に穴が開いてさびしくなる時があるんだ。どうしようもなくなる。そんなときにどうしたらいい?」
 ふいに不安を口にする。本当は弱音を吐きたくはないけれど、どうしてもたまに押し寄せる悲しみに打ち勝てそうもなかった。

「俺がいるから。俺のところに来い。話し相手くらいにはなってやるから」

 エイトの微笑みは優しかった。そして、改めて大人なのだと思った。自分だってきっとすごく寂しいのに、それでも弱さを見せない。そして、きれいで真っすぐな瞳の視線はナナから逸らすことはなかった。彼は、保護者としてすごくいい人なんだろう。これからはもっと頼りにしてみよう。

「エイトも辛いでしょ?」

「辛いけどさ、慣れている部分はあるな。母親が亡くなった時から、ずっとぽっかり穴が開いていて、心が満たされなくて。そんな時に漫画に救われたんだ。だから、自分でも描いてみようと思ってさ。描いているときは辛いこととか現実を忘れられるから、俺には天職なんだよな」

 漫画家になったきっかけは、エイトの心を埋めるために書きはじめたという理由だった。それが、全国にファンができるくらいの面白い作品となって世間に認知されるようになったらしい。創作のきっかけというのは人それぞれだけれど、素晴らしい作品を生み出す力があるのはエイトの才能だ。

 何の才能もないナナはこれからどうやって生きていこう、そんなことを考える。ソファーに並んで座る二人は、最近家族になったというのに、不思議な安心感とか安らぎがあった。

 エイトに向かって話を切り出そうと、そーっとエイトのほうに視線を向けると―――

 寝てる!! 完全に眠っている!!

 疲れていたんだ。仕事が忙しいのに、ナナの学校の手続きだとか色々大変だったのかもしれない。それに、死神の仕事もやっている。体を酷使しすぎなのではと心配になる。その寝顔は思ったより幼くて、大人なのに、同級生の男子みたいだった。父親でもないし、兄でもないし、恋人でもないし、友達でもない。不思議な人だ。

 二人の関係は不思議で奇妙だが家族として成り立っている。

「ありがとう」

 エイトに静かにお礼を述べると、布団をかけるためにエイトの寝室にお邪魔した。寝室には初めて入るので少し緊張する。自分の布団を貸すとなると自分が眠るときに寒くなってしまうし、エイトはそのままリビングで寝ていたのでは風邪をひく。たった一人の家族で漫画家としても大事な体だから、健康には気を付けてほしい。そう思い、意を決して寝室に侵入。

 少し、ドキドキしている自分がいた。普段用事がないから入ったこともない。エイトの匂いがする。寝室は意外と片付いていて、物が少ないシンプルなインテリアだった。ベッドとソファーと小さな机があった。そして、好きな漫画本が並んだ棚とか、雑誌とか、仕事以外の趣味が置いてある場所のようだった。卒業アルバムとかそういった昔のものが本だなには並んでいた。エイトのパーソナルスペースに勝手に入ってしまったと思ったが、まずは毛布一枚だけ拝借しようかと思った。

 部屋に飾ってある写真は母の写真だった。それは、仕事で接したときに撮ったのではないかと思われる一枚だった。本当に好きだったんだなぁ……。この人は母を愛していたんだなぁ……。

 どんなプロポーズで、どんな会話だったのだろう? 毛布を1枚だけ奪い取ってエイトの体にかけることにした。

 ソファーに横たわるエイトの体は華奢で、女性のようだった。Tシャツにスウェットというラフなかっこうだが、贅肉はなく、顎はシャープだ。顔も小さいし、まつげも長い。近くで観察すると、色白できめ細かな肌が美しい。髪は金髪に染めているが、傷みはなく、艶があって、シャンプーの香りがする。手入れしていて清潔感があるからなのだろうか。女性といるような安心感を持ってしまう。

 彼氏がいたこともないナナは、こんなに間近で男性を見たことがなかった。この人に愛された母は、死んでしまったけれど、幸せの時間のままいなくなったのだ。それは、不幸中の幸いなのかもしれない。

 エイトのこと、母は好きだったのだろうか? どこに惹かれたのだろうか? 話術? ルックス? 性格のまっすぐなところだろうか。しばらく、熟睡しているエイト眺めていた。死神として、仇討ちの仕事をしていると言っていたが、優しいエイトだからこそ、心の葛藤は計り知れないだろう。でも、そうしなければいけない運命を背負う。さらに、半妖のリーダーとしての責任もあるのに、この人はつぶれないのだなぁ。関心してしまう。ナナは、無意識にこの人を家族として支えたいと感じていた。