雑踏から逃げるように歩いていたら、いつのまにか空き教室にいた。

 どうしても、人が多いところは苦手だ。
 あの日のことを思い出してしまって、世界から色がなくなる。そんな気がする。

 そんな“無色”を切り取ろうと、カメラを手に取る。
 レンズを目で覗き込んで、無色(ガラス窓)にピントを合わせる。
 静かな教室に、シャッター音が響く。

「……ちがうな」

 写真には、無色のものだけじゃなく、校庭の緑が写り込んでいる。
 おれが写したいのはこんなものじゃない。

 さっきの写真をゴミ箱に入れて、イスに座り込んだ。

 感情の色を写真に写したくなるときがある。
 腹が立ったときは赤色のりんごやトマトを。
 悲しいときは、青色のプールや空を。
 そんな風に、思い思いに写真を撮っている。

 日記を書いているみたいなものだ。
 写真を見返せばその日の気持ちが思い出せるし、気持ちの整理もつく。
 なかなかにいい案だと思う。

 ふと思い立って、フォルダの中にある、撮り溜めた何千枚もの写真を見返してみる。
 最近は窓とかラムネ瓶とかビー玉とか、無色なものが多い。
 少し遡ると、モノクロの写真が大量に残っていた。
 黒と白だけで切り取られた、絶望に染まった世界。

「昔はもっと色鮮やかだったんだけどな……」

 カチカチとボタンを押して、次へ次へと写真をめくっていく。
 星が見えない夜空。
 橋の下、薄暗い河川敷。
 人気のない神社。

 ──いろとりどりの花畑。

 突然、モノクロの中に色が現れた。
 その次はまたモノクロの連続だ。

 1枚きりの彩りをじっと見つめる。

 絶望のどん底にいたとき、一瞬だけ光が見えたんだった。
 その光に縋り続けて、おれは今も生きている。
 たしか、おれを照らしてくれたのは──、

「岩城さん、だっけ」

 アンケートに寄せられた、短いメッセージだった。