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「七海くんに言いたいことがあって来たの。ちょっとだけ、いい?」
七海くんは、少し硬った顔でこくりと頷いた。
「七海くん、本当にごめんなさい。
わたし、七海くんが苦しんでるって気付けなかったし、救おうとして、余計傷つけちゃったよね」
「岩城は、あれを見ておれのこと最低だって思わなかったの?」
「思わないよ。辛そうで苦しそうで、わたしまで痛かった。だから、七海くんのこと救いたいってそう思って──」
わたしの言葉に、七海くんは目を見開いて固まった。
「そっか。岩城は、受け入れてくれるんだ」
噛み締めるように呟く七海くん。
「あのね、これはわたしが勝手に思ってるだけなんだけど、クラスで孤立しちゃったりしたら、『自分なんか』って思っちゃうんじゃないかなって」
「うん」
「だからね、七海くんにありがとうを伝えたいの。そしたら、ちょっとでも救われるかなって。
わたし、七海くんの存在に救われたの。七海くんがいるから立ちあがろうって思えたんだ。
七海くんがいる世界で生きたいなって思ったよ。
七海くんがほんとに大切。七海くんがわたしの生きる理由だよ」
うまく言葉がまとまらない。
七海くんに気持ちが伝わっただろうか。
「じゃあ、おれからも。
岩城がアンケートに答えてくれたとき、結構精神的にキツかったころなんだ。高校に行ってもクラスで浮いてるし、部活も行き詰まるし。岩城のアンケートがなかったら諦めてたと思う。
それに、おれ、大切な人に拒絶されてばっかりだったんだ。でも、岩城は認めてくれた。はじめてだよ。大切な人が、となりに居続けてくれること」
七海くんの穏やかな笑顔に、心があたたかくなる。
恥ず……と顔を隠す彼に、笑いがこぼれてしまう。
「な、岩城。1個いい?」
「うん。どしたの?」
「写真撮らせろって言ったの覚えてる?」
「……うん」
「岩城の写真、撮りたい」
七海くんの突拍子もない言葉に、思考が停止する。
「えっと……それじゃ一色じゃなくなっちゃうよ?」
「いいんだ。今は世界に色が溢れてる。それを撮りたい」
七海くんに言われるがまま、公園のブランコに腰かける。
「おれの名前、彩人って言うんだ」
七海くんはシャッターを切りながら、同時に口を動かす。
「うん。知ってるよ」
「色が消えてくたびに、なんでこんな名前なんだろって思ってた」
彼はカメラを覗き込む。
まるで、わたしを視ようとしてくれていたときのように。
「でも、今は彩人で良かったって思う。岩城が色彩を教えてくれたおかげだよ。ありがと」
なんだか、今日の七海くんは言葉にトゲがなくてこそばゆい。
撮れた写真を見せてもらうと、夜だというのにカラフルな煌めきが散りばめられていて、本当に綺麗だった。
「七海くん、こんな写真撮れたんだ……」
「まあな」
続けざまにいろいろな景色を切り取っていく彼の姿を見ていると、思うことがある。
レンズの先、君が写す色彩が、この先も色鮮やかであり続けますように。
そう願わずにはいられない。
そして、その側でずっといたいな、とも祈ってしまう。
欲張りすぎるかな。
七海くんは、カメラを顔から離して、わたしの方を見つめる。
「1個聞きたいことがあるんだけどさ」
「息、しやすい?」
まだ学校にも行ってないし、向き合うべき問題は山積みだ。
でも、確実なことがある。
「じゃあ、わたしもひとつ聞いていい?」
「ん?」
「七海くん、ずっととなりでいてもいい?」
これからも、七海くんのとなりで、他愛もない話をしていたい。
『七海くんのとなり』これが、わたしの息ができる場所。
七海くんは、ふんわりと、今までにないくらい優しく笑った。
「おれもそうだったらいいなって思ってたとこ」
これからも、「また明日」が続いていく。
どれだけ辛いことがあっても、苦しくても、明日、七海くんに会えるのなら──。
心地よい場所があるから、頑張れる気がする。
ゆっくりと、深く息を吸い込む。
少しだけ息がしやすくなった気がした。