「あれ……?」

 手首をごしごしと擦るけど、一向に肌色が見えない。

「クレンジングの方がいいのかな」

 洗面所からクレンジングを出して、優しく肌にのせる。
 違和感が腹の中を渦巻く。

「──なんで、元に戻らないの……?」

 タオルで水気を拭き取った後に現れたのは、さっきとなんら変わりない半透明の肌だった。

 このパウダー、化粧品と変わらないはずだよね。
 ファンデとかの要領で落とせるはずだよね?

「あれれ? 恵真、何してるのっ?」

 明るい甲高い声に振り向くと、小さな男の子が笑っていた。
 あぁ、この不気味な男の子は──。

「ちーちゃんのこと、覚えてる? そのパウダーどうっ?」

 魔法の瓶だよって、このパウダーを渡してくれた『ちーちゃん』だ。

「どうって……困るよ。なんで元に戻れないの?」

「えぇっ? 忘れちゃったの? 『いらないものを消せるんだ』って、自分で気付いてたでしょ?」

 そうだ。
 わたしなんてこの世にいらないって思ったから、消えることができたんだ。

「恵真のこと、誰も必要としてないってことだよ。ちーちゃんと一緒にいようよ。こっちは息が吸いやすいよ」

 彼の甘い誘いに心臓がドクンと跳ねる。

「──嫌だ。1番じゃなくても、この世界がいいの。この世界じゃないとだめ」

 少なくとも、今は自分のことをいらない存在だとは思わない。
 周りの人たちがどう思っているかは分からないけど、自分と向き合うって決めたから。

「わたし、七海くんのいるこの世界で生きたいの」

 強く言い切ったわたしに、彼は悲しそうに眉をゆがめる。

「そっかぁ。残念」

「ねぇ、あなたは、何者?」

「んーとね、恵真の、友達」

 最後に寂しい笑顔を浮かべて、彼はふつっと消えた。


 鏡に写るわたしは、半透明なんかじゃなく、はっきりと輪郭があった。