「彩人、クレープ屋行かね? せっかく5限で終わりなんだし」
教科書をリュックに詰めていたおれを覗き込んで、彼はニカッと笑った。
「別にいいけど。佐久間って甘いのばっかだよな」
「甘いもんは正義だろ? そういう彩人もクレープ好きなくせに。今日もあれだろ、チョコバナナクレープにクリームトッピング」
「うっせ」
おれにも、中3までは友達がいた。
それこそ、佐久間とは入学したての頃から仲良くしていて、放課後に遊びに出かける仲だった。
佐久間はサッカー部に入っていて、短髪がよく似合う明るいやつだった。
この学年で爽やかと言えば名前が挙げられるような、そんなやつ。
その日もいつもと同じようにクレープ屋へ向かっていた。
ただ、その日は5限授業で──ちょうど小学生が遊びに出ていく時間と重なる時間帯で──、運が悪かった。
佐久間の自転車と、小学生の自転車がぶつかった。
幸い小学生に怪我はなくて、佐久間は安心して笑っていた。
でも、佐久間が大丈夫じゃなかった。
佐久間の手に、ヒビが入っていた。
──そのせいで、佐久間はサッカーの大会に出られなくなった。
その大会は、中学生として最後の大会で、3年間の締めくくりとも言える大きな大会だった。
「別に大丈夫だって。高校でもサッカーは続けるし、他校の3年だって受験だからいないしさ」
そう言って佐久間は笑っていたけど、おれは聞いてしまった。
「最後の試合出れないとか最悪すぎだわー」
空の写真を撮ろうとグラウンドへ出ていたら、ちょうどフェンス裏でサッカー部が会話をしていた。
佐久間の普段は見せないトゲのある表情に、胸がひやりと冷たくなったのを覚えている。
盗み聞きだとは分かっていたけど、フェンスの影にしゃがんで彼らの話に耳を傾けた。
「おまえ、まじ運悪すぎな」
「聞いたんだけどさ、その事故、七海のせいなんだろ?」
「は? 何それ」
「七海が佐久間に近すぎて、佐久間も避けようがなかったんだってさ。クラスの女子が見たって言ってた」
「オレも聞いた! 佐久間が自転車の下敷きになってんのに助けなかったんだってな」
──違う。そんなことない。
そうやって否定してくれると思ってた。
「……そうなんだよ。七海、自分が巻き込まれなかったからって安心した顔してんの。ウザくね? こっちは3年間の努力無駄になってんのに」
佐久間の心ない言葉に、がらがらと何かが崩れていく音がした。
佐久間は友達で、大切な存在だった。
でも、裏切られた。
今まで一緒にいた時間が、全て消え去った気がした。
佐久間の言葉が決定打となり、佐久間とおれの噂はすぐに校内に広まった。
──佐久間くん、七海のせいで大会出られなくなったんだってね。
──七海って口悪いもん。性格も悪いとかホント最悪。
──写真部の陰キャだろ、あいつ。佐久間に嫉妬してたんじゃね?
──嫉妬で努力踏みにじるとかクズすぎたろ。
耳を塞ぎたくなる言葉ばかりだった。
最終的に、佐久間は性格がゴミの陰キャに最後の舞台を奪われたかわいそうなやつ、という結論に辿りついた。
「クズ」「最低」そんなレッテルを貼られ続けて、本当のおれが埋もれてしまったようにさえ感じる。
でも、それくらい、陰でいろいろ言われるくらい、大したことじゃなかった。
もちろん、心にダメージが加わって、ぼろぼろと心が壊れていくような感覚はあったけれど、そんなことどうでもよくなるくらいに、佐久間の言葉が衝撃的だった。
「昔からウザかったよ、おまえ。今回のでせいせいしたわ」
あんなに仲が良かったはずなのに、最後に交わした言葉はそんな冷たいもの。
大切だった存在は、おれの手からこぼれ落ちた。
ほかの友達も、ひとり、またひとりとおれから離れていった。
よくある話だ。
自分が標的になるのが怖いから、関わりを断つ。
友達が側からいなくなっていくたびに、世界から色が消えていく。
最後に残ったのは黒だった。
しばらく世界に色が戻ってこなかった。
また黒色に戻るのが怖い。
いや、本当に怖いのは岩城に拒まれることだ。
大切な存在から目を背けようとしているから、大切な人と距離が開いていくのかもしれないな、と思った。