真っ黒な墨をふくませた筆を半紙に押しつける。
 そのままの勢いで横にすっと線を引く。
 徐々に力を抜いて、丁寧に筆をはらう。
 一画一画、魂を注ぐように書いて、力を込めて最後の一画。

 ──灰。

 今のわたしの気持ち。
 
 そのままの勢いで、残りの文字も書き上げる。

「はいしん……これなんて読むの?」

「“かいしんそうき”って読むんだよ。“灰心”は火が消えた灰みたいに勢いがない心のこと。それで、“喪気”は元気を失うこと。気を落として元気がなくなる──って意味だよ」

 覗き込んできた薫にそう教えてあげる。
 薫は目をキラキラと輝かせて、

「へぇ〜! 恵真ってホント天才だよね! なんでも知ってるし。書道も上手いし、勉強もできるし! しかもハイスペックなうえに美人だもんな〜」

 と純粋な憧れの視線をわたしに送る。

「この熟語は本を読んでたら出てきただけだよ。全然すごくないって」

 まわりの人たちから向けられる視線や言葉は、わたしの胸をチクチクと針で突き刺す。
 まるで、その穴から吸い込んだ酸素が抜けてしまうみたいに、息が苦しくなる。

 ──岩城恵真(いわきえま)は、2番目の人間だ。
 勉強も、部活も、人間関係も。
 全部うまくいかない。
 何においてもわたしより優れた人がいて、わたしがいなくても、誰も困りはしないんだろうなって。
 そう思って、苦しくなる。

 所詮、わたしは2番目なんだ。
 どれだけ努力しても、1番にはなれない。

 だからもう、いっそのこと──、

「消えちゃえ」

「ん? なんか言った?」

「ううん。半紙の汚れ消えてくれないかなーって。綺麗に書けたのに台無しだよ」

 いなくなってしまおう。
 この世界から消えるそのときには、息がうまく吸えますように。

 そんな祈りを胸に抱きながら、わたしは今日、作戦を実行する。
 ポケットの中につっこんだ、きらめきが詰め込まれた瓶をぎゅっと握り込んだ。