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「──岩城」

 名前を呼ばれて我に返ると、いつのまにかあの公園にいた。

「……あれ?」

 書道室にいたときから記憶がない。
 あのあと、どうしたんだっけ。

 七海くんはわたしの手を見つめて、

「書道してきたのか」

 と呟いた。
 わたしの手は墨で汚れて真っ暗だった。

 続けざまに、彼は「書道もありか」とひとりごちる。

「岩城、なんかあった?」

 今日は七海くんの口数が多い。
 そして鋭い。

「息苦しいなぁってだけだよ」

「その息苦しいのって解消できないわけ?」

「──死ぬしかないのかなって、思ってるよ」

 七海くんの眼が、月明かりを反射してぎらりと光る。
 自殺なんてやめとけって言われるんだろうな。
 そもそも、死ぬ勇気なんてないけど。

「そか」

 思いのほかあっさりした反応に拍子抜けする。

「誰かに『岩城が世界で一番大事』って言われても、死ぬしかないって思う?」

 月を見上げる彼の口からこぼれ落ちた言葉。
 わたしが誰かの1番な世界線。
 そんなの、ありえないけど。

「ちょっとは息が楽に吸えそうだなって思う」

 ふーん、といかにも興味がなさそうな返事。
 七海くんは何を考えているのかがよく分からない。

 その後も、愚痴を話したら楽になるかとか、そんな話を聞かれて、たくさん愚痴を話した。
 愚痴と言うよりかは、不満と不安の入り混じった気持ちだ。
 なんで、どうして──。
 そんなどうしようもない感情を、七海くんにぶつけた。

 七海くんは、返事はそっけないけど、ちゃんと話を聞いてくれた。
 相槌を打ってくれて、ハンカチを渡してくれて。
 隣にある七海くんの体温が、とにかくあたたかかった。

 家に帰る七海くんの背中を見送って、わたしも家へと歩みを進める。
 学校でいたときはひんやり冷え切っていた心が、七海くんと話してからはこんなにあたたかくなっている。
 七海くんの存在は、確かにわたしのなかで大きなものになっていた。