***
気を失っていた星が目を覚ますと、なぜだか皇帝陛下の寝台に寝かされていた。慌てて体を起こそうとすると、雷烈が制して止めた。
「そのままそこで寝ていろ。封印術を使って疲れていたのに、からかってしまって悪かったな」
半裸身となった雷烈に抱かれたいた自分を思い出し、再び顔が熱くなる。
真っ赤になった星を見て、雷烈は微笑みながら言った。
「兄がいたのなら、幼い頃に兄の裸くらい見たことあるだろう?」
「兄とは共に暮らしていませんでしたから」
「兄妹なのにか? 何やら事情がありそうだな。話してみよ」
身の上話をするつもりはなかったが、皇帝に聞かれたら話さないわけにはいかなかった。
「私は兄とは別の場所で育てられました。双子の女児は不吉だといわれて」
生まれてからのことを、そして庸国に来るまでの事情を、星はぽつりぽつりと話し始めた。要所だけのつもりだったが、雷烈が頷きながらしっかりと話を聞いてくれるので、いつしかほとんどのことを夢中で伝えてしまった。
(ひょっとして私は、誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない)
隠されて生きてきた星にとって、家族といえるのは優だけだった。友だちは書物であったが、知識は与えてくれても、話を聞いてくれることはない。陰陽師の修行で忙しかった優にあれこれ聞かせるわけにもいかず、星は心の内にあふれる思いや孤独を誰にも話せなかった。
「辛い思いをしてきたのだな。だがそれでも頑張って生きてきた。だからこそここにいる。星のおかげでオレは鬼の血を受け継ぎながらも皇帝としてやっていけそうだ。ありがとう、礼を言う」
よもやお礼を言われるとは思わなかった。封印術への感謝の言葉であることはわかっていたが、星の過去を全て受け入れたうえで、「生きていてくれてありがとう」と伝えてくれている気がした。
(ありがとう、って言われたの、初めてだわ。不思議な響き)
初めて聞く感謝の言葉に、復讐とは違う、別の希望が心の奥底に芽生え始めるのを感じる。体の内側が、ほんのり温かくなるように思えた。
「星にばかり過去の話をさせるのは対等ではないからな。オレのことも話してやろう」
今度はオレの番とでも言うように、雷烈は自分の過去を話し始めた。
「オレには多くの兄や姉がいた。母の身分は下級の妃だったから、兄たちからは、ずいぶんと虐められたものだ。まぁ、おとなしくやられるオレではないがな」
いたずらっ子のような表情をした雷烈は、楽しそうに話を続ける。
「兄たちに桶で水をかけられれば、お返しに泥水を丁寧に作ってぶっかけてやった。オレを落とすための落とし穴を作っているのを見つけたら、逆にそこに兄を落としてやったな。猫の死骸を宮の前に置かれたら、抱きかかえて兄のところへ行き、『共に埋葬いたしましょう!』と叫んで地の果てまで追いかけてやったわ。最終的には兄が泣いて詫びてくることもあったな」
虐められていたというより、虐め返す日々だ。末っ子の弟にそれほど反撃されたら、兄の面目は丸潰れだったろう。
「兄や姉からは嫌われていたが、オレは兄たちが嫌いではなかったよ。兄の誰かが皇帝となったら、オレは僻地に土地だけもらって、のんびり生きていこうと思っていた。兄の邪魔になりたくなかったからな。だが……」
雷烈の表情から、すっと笑みが消えた。
「兄たちが病や事故で死んでしまったのだ。不幸の連鎖のようだったよ。父は息子たちの悲報に嘆き悲しみ、病で倒れてしまった。亡くなる寸前、最後の息子となったオレに、『庸国と民を守る良き皇帝となれ』と言い遺して天に召された」
雷烈は皇帝になるつもりはなかったのだ。様々な事情が重なり、皇帝に即位することとなってしまった。
「家臣どもが影でオレをなんと噂しているか、知っているか?」
星は静かに首を横に振る。
雷烈は天を仰ぎ、ささやくように告げた。
「帝位に就くために、兄たちを順に殺した極悪非道な鬼皇帝だとさ。オレは企んだことはないし、そんな証拠もないがな」
不幸にも兄たちが亡くなり、末の皇子が皇帝となった。好き勝手に噂話を楽しむには、ちょうどよい設定だったのだろう。
「ひどいです……。陛下はなりたくて皇帝になられたわけではないのに」
星の目から見た雷烈という男は、自らの欲望のために人を、ましてや身内を殺す人間のようには思えなかった。立場や境遇は違えど、雷烈もまた星と同じように兄を大事に思っていたのだから。
「噂話を信じる奴らは、好きに言わせておけばいい。非情な男と思われていたほうが、家臣どもになめられなくてすむしな」
自分のことを悪く言う者たちを責めることなく、むしろ前向きに捉える。雷烈は豪胆無比な男だった。
「そんなわけでオレは皇帝として、この国と民を守っていかねばならない。そのためには鬼の力がこれ以上覚醒されては困る。これからも封印を頼むぞ、星」
「はい、承りました」
(雷烈様のお力に、少しでもなれたら嬉しい)
互いの目的のためとはいえ、星は雷烈という男を支えていける喜びを感じていた。
「今晩はゆっくり休むがいい。明日はオレと共に後宮へ入ってもらうぞ」
「え、後宮に妖が現れるというのは、本当の話だったのですか?」
星を庸国に呼んだ本当の目的は、雷烈に眠る鬼の力の封印であり、後宮内の妖の話は偽りだと思っていたのだ。
「嘘を言ってどうする。後宮内の妃や女官がおそろしい姿をした妖を見た直後に倒れてしまうのだ。オレが鬼の力で探ればいいだろうが、より一層力が強まっても困る。だから星に調べてほしいのだ」
「わかりました。調べさせていただきます」
「あとこれは推測だが、後宮内の妖と星の仇は何か関係があるのかもしれん。時期が重なるのだ。星の兄が殺されたすぐ後に、庸国の後宮で妖が騒がれるようになった。後宮は閉ざされた場所だし、秘密を隠すには適した場所だからな」
「後宮に兄の仇がいるのかもしれないと……?」
「その可能性があるかもしれない、という話だ。決して早まった行動はするなよ。後宮では必ずオレの近くにいろ」
「はい……」
気遣いは嬉しいが、星としては一刻も早く仇を討ちたかった。
「ともあれ、今晩はもう寝よう。オレはおまえの寝台で休むから、星はそこで寝るといい」
「ええっ! いえ、逆がいいです。私は自分の寝台で寝ます、そうさせてください!」
皇帝のために用意された絢爛豪華な寝台で一晩休むなんて、とんでもない話だ。
「そうか? まぁどちらでもかわまん。では交代して休もう」
星が雷烈の寝台から飛び降りると、雷烈はすぐに腰を下ろし、ごろんと横になってしまった。
「では寝る」
と言ったかと思うと、すやすやと眠り始めてしまった。
「寝るの早っ」
思わず呟いてしまった星だったが、すでに雷烈の耳には届いていない様子だった。
「なんだかいろいろありすぎて疲れちゃった。私も早く休ませてもらおう」
安らかな雷烈の寝顔を見ていたら、星にも強烈な睡魔が襲い始めていた。眠気に耐えながら、ふらふらと移動し、ころりと横たわった。
「明日もまたがんばろ……」
優を失ったときは絶望しか残らなかったのに、今は明日への希望を感じ始めている。それがなぜなのかは、今の星にはわからなかった。
気を失っていた星が目を覚ますと、なぜだか皇帝陛下の寝台に寝かされていた。慌てて体を起こそうとすると、雷烈が制して止めた。
「そのままそこで寝ていろ。封印術を使って疲れていたのに、からかってしまって悪かったな」
半裸身となった雷烈に抱かれたいた自分を思い出し、再び顔が熱くなる。
真っ赤になった星を見て、雷烈は微笑みながら言った。
「兄がいたのなら、幼い頃に兄の裸くらい見たことあるだろう?」
「兄とは共に暮らしていませんでしたから」
「兄妹なのにか? 何やら事情がありそうだな。話してみよ」
身の上話をするつもりはなかったが、皇帝に聞かれたら話さないわけにはいかなかった。
「私は兄とは別の場所で育てられました。双子の女児は不吉だといわれて」
生まれてからのことを、そして庸国に来るまでの事情を、星はぽつりぽつりと話し始めた。要所だけのつもりだったが、雷烈が頷きながらしっかりと話を聞いてくれるので、いつしかほとんどのことを夢中で伝えてしまった。
(ひょっとして私は、誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない)
隠されて生きてきた星にとって、家族といえるのは優だけだった。友だちは書物であったが、知識は与えてくれても、話を聞いてくれることはない。陰陽師の修行で忙しかった優にあれこれ聞かせるわけにもいかず、星は心の内にあふれる思いや孤独を誰にも話せなかった。
「辛い思いをしてきたのだな。だがそれでも頑張って生きてきた。だからこそここにいる。星のおかげでオレは鬼の血を受け継ぎながらも皇帝としてやっていけそうだ。ありがとう、礼を言う」
よもやお礼を言われるとは思わなかった。封印術への感謝の言葉であることはわかっていたが、星の過去を全て受け入れたうえで、「生きていてくれてありがとう」と伝えてくれている気がした。
(ありがとう、って言われたの、初めてだわ。不思議な響き)
初めて聞く感謝の言葉に、復讐とは違う、別の希望が心の奥底に芽生え始めるのを感じる。体の内側が、ほんのり温かくなるように思えた。
「星にばかり過去の話をさせるのは対等ではないからな。オレのことも話してやろう」
今度はオレの番とでも言うように、雷烈は自分の過去を話し始めた。
「オレには多くの兄や姉がいた。母の身分は下級の妃だったから、兄たちからは、ずいぶんと虐められたものだ。まぁ、おとなしくやられるオレではないがな」
いたずらっ子のような表情をした雷烈は、楽しそうに話を続ける。
「兄たちに桶で水をかけられれば、お返しに泥水を丁寧に作ってぶっかけてやった。オレを落とすための落とし穴を作っているのを見つけたら、逆にそこに兄を落としてやったな。猫の死骸を宮の前に置かれたら、抱きかかえて兄のところへ行き、『共に埋葬いたしましょう!』と叫んで地の果てまで追いかけてやったわ。最終的には兄が泣いて詫びてくることもあったな」
虐められていたというより、虐め返す日々だ。末っ子の弟にそれほど反撃されたら、兄の面目は丸潰れだったろう。
「兄や姉からは嫌われていたが、オレは兄たちが嫌いではなかったよ。兄の誰かが皇帝となったら、オレは僻地に土地だけもらって、のんびり生きていこうと思っていた。兄の邪魔になりたくなかったからな。だが……」
雷烈の表情から、すっと笑みが消えた。
「兄たちが病や事故で死んでしまったのだ。不幸の連鎖のようだったよ。父は息子たちの悲報に嘆き悲しみ、病で倒れてしまった。亡くなる寸前、最後の息子となったオレに、『庸国と民を守る良き皇帝となれ』と言い遺して天に召された」
雷烈は皇帝になるつもりはなかったのだ。様々な事情が重なり、皇帝に即位することとなってしまった。
「家臣どもが影でオレをなんと噂しているか、知っているか?」
星は静かに首を横に振る。
雷烈は天を仰ぎ、ささやくように告げた。
「帝位に就くために、兄たちを順に殺した極悪非道な鬼皇帝だとさ。オレは企んだことはないし、そんな証拠もないがな」
不幸にも兄たちが亡くなり、末の皇子が皇帝となった。好き勝手に噂話を楽しむには、ちょうどよい設定だったのだろう。
「ひどいです……。陛下はなりたくて皇帝になられたわけではないのに」
星の目から見た雷烈という男は、自らの欲望のために人を、ましてや身内を殺す人間のようには思えなかった。立場や境遇は違えど、雷烈もまた星と同じように兄を大事に思っていたのだから。
「噂話を信じる奴らは、好きに言わせておけばいい。非情な男と思われていたほうが、家臣どもになめられなくてすむしな」
自分のことを悪く言う者たちを責めることなく、むしろ前向きに捉える。雷烈は豪胆無比な男だった。
「そんなわけでオレは皇帝として、この国と民を守っていかねばならない。そのためには鬼の力がこれ以上覚醒されては困る。これからも封印を頼むぞ、星」
「はい、承りました」
(雷烈様のお力に、少しでもなれたら嬉しい)
互いの目的のためとはいえ、星は雷烈という男を支えていける喜びを感じていた。
「今晩はゆっくり休むがいい。明日はオレと共に後宮へ入ってもらうぞ」
「え、後宮に妖が現れるというのは、本当の話だったのですか?」
星を庸国に呼んだ本当の目的は、雷烈に眠る鬼の力の封印であり、後宮内の妖の話は偽りだと思っていたのだ。
「嘘を言ってどうする。後宮内の妃や女官がおそろしい姿をした妖を見た直後に倒れてしまうのだ。オレが鬼の力で探ればいいだろうが、より一層力が強まっても困る。だから星に調べてほしいのだ」
「わかりました。調べさせていただきます」
「あとこれは推測だが、後宮内の妖と星の仇は何か関係があるのかもしれん。時期が重なるのだ。星の兄が殺されたすぐ後に、庸国の後宮で妖が騒がれるようになった。後宮は閉ざされた場所だし、秘密を隠すには適した場所だからな」
「後宮に兄の仇がいるのかもしれないと……?」
「その可能性があるかもしれない、という話だ。決して早まった行動はするなよ。後宮では必ずオレの近くにいろ」
「はい……」
気遣いは嬉しいが、星としては一刻も早く仇を討ちたかった。
「ともあれ、今晩はもう寝よう。オレはおまえの寝台で休むから、星はそこで寝るといい」
「ええっ! いえ、逆がいいです。私は自分の寝台で寝ます、そうさせてください!」
皇帝のために用意された絢爛豪華な寝台で一晩休むなんて、とんでもない話だ。
「そうか? まぁどちらでもかわまん。では交代して休もう」
星が雷烈の寝台から飛び降りると、雷烈はすぐに腰を下ろし、ごろんと横になってしまった。
「では寝る」
と言ったかと思うと、すやすやと眠り始めてしまった。
「寝るの早っ」
思わず呟いてしまった星だったが、すでに雷烈の耳には届いていない様子だった。
「なんだかいろいろありすぎて疲れちゃった。私も早く休ませてもらおう」
安らかな雷烈の寝顔を見ていたら、星にも強烈な睡魔が襲い始めていた。眠気に耐えながら、ふらふらと移動し、ころりと横たわった。
「明日もまたがんばろ……」
優を失ったときは絶望しか残らなかったのに、今は明日への希望を感じ始めている。それがなぜなのかは、今の星にはわからなかった。