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天御門 星(あまみかど せい)よ。そなたにはわたしと共に行動してほしい」
「な、なぜでございますか……?」

 不敬(ふけい)とわかっていたが、思わず聞き返してしまった。

(皇帝陛下と一緒に行動するなんてとんでもないわ。しかも鬼の気配がする方なのに)

(あやかし)を退治してもらうため、そなたに後宮を調べてもらいたいのだが、後宮は皇帝以外の男は入れぬ場所でな。だが中に入らなくては調査しようもない。ゆえに皇帝であるわたしと共にいる時だけ後宮に入るという形をとってほしいのだ」

 数多の妃がいる後宮に入れるのは、妃たちを世話する宮女や宦官(かんがん)だけだ。宦官とは男であることを捨てた者たち。和国出身の星には馴染みがないが、書物の知識で知っていた。
 皇帝が招いた星を宦官にするわけにもいかない。妃たちの名節(めいせつ)を守るためには仕方ないということなのだろう。

「わかりました。御一緒させていただきます」

(私は男ということになってるものね。しかたないわ)

 皇帝陛下のずっと後ろに付き従い、離れた形で共に行動するだけだろう。
 できるだけ前向きに考えようとした星だったが、事はそれほど単純な話ではなかった。

「し、寝所も陛下と御一緒なの、ですか?」

 皇帝の寝所の片隅に、星のため用意された寝台がちょこんと鎮座している。
 よもや寝る場所まで皇帝と共に過ごすことになろうとは。想像もしていない事態だ。

「当然だ。後宮に妖が現れるならば、第一に守らなくてはいけないのは誰だ?」
「庸国を統べる陛下かと思います」
「だろう? だからそなたに守ってほしいのだ。期待しているぞ、天御門星よ」
「は、はい」

 言葉巧みに丸め込まれた気がしなくもないが、相手が庸国の皇帝とあっては逆らうのは得策ではない気がした。
 皇帝を世話する太監(たいかん)が去ると、星は皇帝雷烈と二人きりとなってしまった。
 さすがにこれは気まずい。おそれ多くも皇帝陛下と世間話をするわけにもいかない。

「失礼ではございますが、お妃様のところへはいかれないのですか?」

 せめて着替えだけは陛下の目のふれないところですませたい。だから皇帝には妃のところへいってほしい。うまくいけば、寝るのも別にできるはずだ。

「いかぬな」

 あっさりと否定されてしまった。
 皇帝ともなれば、数多くの妃のところへ通い、子を成すのも大切な務めのはずなのに。

(お妃様のところへいきたくない理由でもあるの?)

 なにか訳があったとしても、さすがにそれ以上は聞けなかった。

「なんだ、その顔は? わたしと共に休むことに不都合でもあるのか?」
「い、いえ。とんでもございません」

(着替えは隙をみて手早くすませよう。陛下には朝議(ちょうぎ)があるから、ずっと一緒ではないはず)

 心の中で段取りを考えていた時だった。
 背後に人の気配を感じた。驚いて振り返ると、端整な顔立ちをした雷烈がそこに立っていた。星をじっと見つめている。
 どうかされたのですか? と聞こうとした瞬間。
 雷烈は両手をひろげ、星を強引に抱き寄せたのである。

(え……?)

 何が起きているのか、星はすぐには理解できなかった。
 呆然としている星の首元に顔をうずめ、くんくんと犬のように雷烈は匂いを嗅ぎ始めたのだ。

(もしかして雷烈皇帝って、男が好きなの!?)

 考えたくもない事実だが、そうとしか思えなかった。

「お戯れはおやめください。わたくしは男です。その気もございません!」

 自分の身を守るためには、雷烈に手を離してもらうしかない。星はあらん限りの力で、じたばたと体を動かした。
 すると雷烈は星の首元から顔をあげ、にやりと笑ったのである。

「女の匂いだ。男と偽り入国したか。皇帝をだますとは、いい度胸をしている」

 雷烈は気づいてしまったのだ。星が女であることを。

「わ、わたくしは男だと、申し上げております」

(体を見られたわけではないから、まだごまかせる!)

 震えた声で、星は必死に自分は男だと告げた。

「オレは鼻が利く。暗殺者どもが女装したり、毒を盛られたりするから、匂いには人一倍敏感になった。そんなオレの鼻をごまかせるとでも? なんならこの場で裸にしてもよいのだぞ?」

 衣を剝がされたら、女であることは一目瞭然となってしまう。(はずかし)めをうける自分の姿を想像し、カッとなった星は皇帝に向かって叫んでしまった。

「陛下こそ、鬼ではありませんか!」 

 雷烈の顔から笑みが消えた。冷ややかな眼差しで、星を見下ろしている。

(し、しまった。つい……)

 目の前の人が鬼であったとしても、雷烈は皇帝陛下なのだ。逆らえば刑罰は免れない。

「鬼の気配に気づいておったか。嬉しいぞ。ようやくオレのことをわかる者が現れた」

 極刑を言い渡されると思ったのに、雷烈は嬉々とした表情をしている。星には意味がわからなかった。

「天御門星よ。オレは鬼ではない。だが鬼の血を引いている」

 腕の中から星を解放した雷烈は、ゆっくりと立ち上がりながら言った。

「オレを産んだ母が鬼だったのだ。和国から流れてきた女の鬼であったそうだ。父である前皇帝からそのように聞いた」
「和国から流れた鬼……」

 和国の陰陽師に追われ、庸国に逃げのびた鬼が以前にもいたのかもしれない。陰陽師のひとりとして理解できなくはないが、頭の中が混乱していて、思考が追いつかない。
 頭を抱える星を見た雷烈は、やれやれといった様子で身をかがめ、星に優しく語りかける。

「天御門家は封印術が優れていると聞く。その力でオレの鬼の力を封じてもらいたいのだ。誰にも知られることなく。そのためにおまえをここに呼んだ。逆らえばどうなるか……わかっているな?」

 雷列に鬼の気配がすることを、庸国の者は誰も知らない。知っていたら、鬼の血を引く者が皇帝になれるはずがないのだから。
 星と二人きりとなることで、星が女であることを指摘して弱みを掴み、自分の要求に従わせる。逆らえば処刑されても文句はいえない。

「代わりにおまえの正体は誰にも明かさぬと約束しよう。おそらくは何かしらの目的があっての男装だろうから、協力してやってもよいぞ」

 交換条件ということだろうか。もはや星には拒否することなどできそうもなかった。

「お、仰せのままに。陛下……」
「オレと二人きりの時は、堅苦しい言葉はなくてよい。これから頼むぞ、星」

 満足そうに笑う雷烈を見上げながら、星は今後の未来に不安しか感じられなかった。