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『日が暮れる頃に教室で』
 この文章がメッセージ欄に増えていく度、私たちはまるで“一周目”を後追いするように仲を深めていった。
 いつからかは正確に覚えていないが、私は彼のことを空人君と呼ぶようになっていたし、彼も“さん”付けをやめた。
 最初は意識して“葉山さん”と呼ぶようにしていたのに、いつからだろう?
 気付いた時は内心かなり焦って、“葉山さん”に戻そうかとも思ったが、馬鹿らしくなりやめた。
 友達として仲が良くなっていくことを素直に喜べればよかったけど、やっぱりそう単純にはいかなかった。
 仲が深まれば深まるほど、“欲”と“使命”という相容れない二つの感情が複雑に絡まるばかりで、その絡まった糸は塊となり人知れず大きくなっていった。
 そして、それに気づかないふりをしていた私は、もうすぐ後悔することになる。
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 ある日、空人君といつものように話し合い別れた後のこと、私はそのままの足で本屋を訪れていた。
 そして、入り口を入ると、特設コーナーにある小説が目に留まった。
 それはまさに今日、空人君と話し合った小説だった。
 記憶に関わる話の小説だったから、空人君がその内容について平然と語るのは見ていて正直胸が苦しかったけど、そのあとはとても満たされたから、結果良かったかな。

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「まあ、この冬野と過ごした記憶が書き換えられて作られたものだったとしても、この時間は嫌いじゃないから、それでもいいって思えるかな」
「・・・え?」
「ん?なんか変なこと言った?」
「えーっと、いやー、変ではないけどそういうことサラって言えちゃう人なんだなーって。
ちょっと意外だったかもっ」
「・・そこまで喜ばれるようなことは言ってない気がするけど」
「まったくー、陰キャなのにやるときはやりますなぁ」
「陰キャ言うな」

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 思い返すと自然と笑みがこぼれた。
 あの時は驚いた。
 まさか空人君があんな積極的なこと言うなんて。
 一周目の時とは性格というか、私に対する積極性みたいなものがだいぶ変わってきた気がする。
 まるで一周目との帳尻合わせをするみたいに、空人君が積極的になっている気がする。
 そんなことを考えながら、なんとなくその小説を手に取ってみた時、背後から声がした。
「お?未羅ちゃんじゃん」
 振り返ると、そこには本屋にはあまり似つかわしくない男の子が立っていた。
「おっす。今帰り?」
 彼は、イヤホンを片耳から外しながら言った。
「え、壱也君?!」
「なんだよぉ。
今俺が本屋とか似合わないって思っただろ?」
 壱也君はツッコミを入れるように言った。
「あははっ。ちょっと思った」
 最近何かと思い詰めることが多かったので、どこか中立的な立ち位置にいる壱也君との遭遇に少し胸が軽くなった。
「あ。今帰りってことは~・・・もしかして空人とイチャイチャしてたなぁ~?」
 ニヤニヤしながら、壱也君は言った。
「もうっ。やめてよ。
イチャイチャとかそんなんじゃないからっ。
純粋に同じ趣味を共有できる人が居るのが嬉しいだけだよっ!」
 そこまで必死になることはなかったかな、と言った直後に後悔した。
「あ、それ。
空人も全く同じこと言ってたわ。
お前ら気が合うな」
「ほらっ、そうでしょ?
だからそんなんじゃないんだよ」
 壱也君の言葉を聞いて、少しがっかりしている自分を心の中で戒める。
 もう、ほんとなんなの?
 がっかりするとか、ありえないから。
 そして、その度にチクっとする。
「・・・まあ、あんまり無理すんなよー」
 壱也君は私と同じ本を手に取りながら言った。
 ほんとに高校生にしては気を配れすぎるというか、なんというか・・・。
「はぁ・・最初から思ってたけど、壱也君って無駄に察しがいいよね」
 壱也君を鞄で軽く叩きながら私は言った。
 そして、二人並んで同じ本を眺める。
「はっ・・・お互い様ってやつだな。
あれだけ八方美人を器用にこなせる奴に言われても褒められた気がしませんよーっ」
 本を眺めながら、おどけた口調で壱也君は言った。