それを聞いた空人君はあからさまに動揺した。
「あの、もしかして迷惑だった?
ごめん、あまり人と話さないからちょっとした約束とかでも気になっちゃって、わざわざ人がいない時間帯狙ってまでまたここに来ちゃって」
自分を責める空人君を見て心がごっそりと削り取られる。
しかし同時に、消え去っていた本来の目的が再び顔をのぞかせた。
このまま突き放せば、まだ引き返せるかもしれない。
「冗談だったよね、多分。
ほんと気にしないで。ごめんね?」
目を背けている私の顔をわざわざ覗き込むようにして彼は謝り、そのまま教室を去ろうとした。
もはや突き放さなくても、このまま行かせるだけでよかった。
「待って!冗談なんかじゃない!」
でも、それは無理だった。
ズルズルと後退していく。
「あれは、冗談なんかじゃないよ?
これでも一応いつ話しかけてきてくれるのかって待ってたんだから。
葉山君ってば学校だと本を読んでるだけだし、あの次の日も全くいつもと変わらなかったから私も不安だったんだ。
こっちから話しかけて拒絶されたらどうしようって・・・」
「あははっ・・・なんだ、そうだったんだ。同じだったってことか。
口に出してみないとわからないことって意外と多いんだな」
“二周目”に入ってから、初めての空人君の笑顔だった。
「うん、まったくだよ。
紛らわしい反応してごめんね?」
「いや、こちらこそわざわざ言わせちゃってごめん」
そこからは、一周目の私たちに戻ったように会話が出来て、本当に本当に楽しかった。
彼が私のことを“冬野さん”と呼ぶのはどこか切ない気もしたが、二周目に入って初めて生きた心地がした。
この“やり直し”は対象者にとって、そんなに好都合なものではない。
私の場合、一度目の前で彼を失った時の記憶が呪いとなり、どうやら私の中の空人君は想像以上に存在が膨れ上がっているようだった。
そして、彼なしでは生きている心地さえしないほど、それは重症化していた。
だからこそ、“死”と“時間”、そして“答え”をテーマにした“あの小説”の話は、他人事で済ませる事が出来なかった。
「そんな情けない主人公だけど、残り少ない寿命の中で腐ることなく、大半の人は死ぬまでに見つけられない”答え“を見つけ出すんだよね。
素敵だと思わない?」
自分で言ったその言葉に胸を抉られた。
私はもう何が正解か分からなくなりそうだよ。
「確かに。
それはすごいことだと思う。
いつ死ぬかわかってたらみんな見つけられるものなのかな」
どこか他人事のように空人君は言った。
そうだよね、今の空人君には他人事だもんね。
「んー・・・どうだろうね、きっとそれでも見つけられない人もいるよ」
『それが今の私』
この言葉は、心の中にとどめておいた。
その小説について、そこから転じて人生について、私たちは若干高校生ながらに語り合い、気づいたら夜の8時を回っていた。
「やばっ、昇降口締められちゃうよ。
早くいこっ、空人君」
私が二人分の鞄を先取りして、急かす様に言ったのに対し、
「そうだね、そろそろ行こうか」
と空人君が落ち着いた様子で自然に放った。
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
◇◆◇◆
「ねぇ、冬野さん、今度は僕がお勧めしたい小説があるんだけど、よかったらまた今日みたいに話せないかな」
校門で別れた直後、私の背中に向かって空人君が言った。
正直驚いた。
よく知りもしない相手に対して空人君から誘うなんて、想像もしてなかった。
これも出会い方が変わったことによる、変化なのかな。
すっかり押し切られてしまった軸がブレブレな私の心は、友達としてなら関わってもいいのかな、と思った。
「ん-、そうだなぁー。
それも悪くないかもね。
でも、アキト君の望む感想は言わないかもよ?それでもいいの?」
「それこそ小説を語るときの醍醐味でしょ」
少年のように目を輝かせながら空人君が言った。
小説のことになると、ほんとに君は生き生きするねぇ。
「そっか、それもそうだね。
じゃあ、明日その小説持ってきて。
また、日が暮れる頃に教室で待ってるから」
「わかった。
じゃあ、また日が暮れる頃に教室で」
こうして、私の中の“死守線”が大きく一歩後退した。
「あの、もしかして迷惑だった?
ごめん、あまり人と話さないからちょっとした約束とかでも気になっちゃって、わざわざ人がいない時間帯狙ってまでまたここに来ちゃって」
自分を責める空人君を見て心がごっそりと削り取られる。
しかし同時に、消え去っていた本来の目的が再び顔をのぞかせた。
このまま突き放せば、まだ引き返せるかもしれない。
「冗談だったよね、多分。
ほんと気にしないで。ごめんね?」
目を背けている私の顔をわざわざ覗き込むようにして彼は謝り、そのまま教室を去ろうとした。
もはや突き放さなくても、このまま行かせるだけでよかった。
「待って!冗談なんかじゃない!」
でも、それは無理だった。
ズルズルと後退していく。
「あれは、冗談なんかじゃないよ?
これでも一応いつ話しかけてきてくれるのかって待ってたんだから。
葉山君ってば学校だと本を読んでるだけだし、あの次の日も全くいつもと変わらなかったから私も不安だったんだ。
こっちから話しかけて拒絶されたらどうしようって・・・」
「あははっ・・・なんだ、そうだったんだ。同じだったってことか。
口に出してみないとわからないことって意外と多いんだな」
“二周目”に入ってから、初めての空人君の笑顔だった。
「うん、まったくだよ。
紛らわしい反応してごめんね?」
「いや、こちらこそわざわざ言わせちゃってごめん」
そこからは、一周目の私たちに戻ったように会話が出来て、本当に本当に楽しかった。
彼が私のことを“冬野さん”と呼ぶのはどこか切ない気もしたが、二周目に入って初めて生きた心地がした。
この“やり直し”は対象者にとって、そんなに好都合なものではない。
私の場合、一度目の前で彼を失った時の記憶が呪いとなり、どうやら私の中の空人君は想像以上に存在が膨れ上がっているようだった。
そして、彼なしでは生きている心地さえしないほど、それは重症化していた。
だからこそ、“死”と“時間”、そして“答え”をテーマにした“あの小説”の話は、他人事で済ませる事が出来なかった。
「そんな情けない主人公だけど、残り少ない寿命の中で腐ることなく、大半の人は死ぬまでに見つけられない”答え“を見つけ出すんだよね。
素敵だと思わない?」
自分で言ったその言葉に胸を抉られた。
私はもう何が正解か分からなくなりそうだよ。
「確かに。
それはすごいことだと思う。
いつ死ぬかわかってたらみんな見つけられるものなのかな」
どこか他人事のように空人君は言った。
そうだよね、今の空人君には他人事だもんね。
「んー・・・どうだろうね、きっとそれでも見つけられない人もいるよ」
『それが今の私』
この言葉は、心の中にとどめておいた。
その小説について、そこから転じて人生について、私たちは若干高校生ながらに語り合い、気づいたら夜の8時を回っていた。
「やばっ、昇降口締められちゃうよ。
早くいこっ、空人君」
私が二人分の鞄を先取りして、急かす様に言ったのに対し、
「そうだね、そろそろ行こうか」
と空人君が落ち着いた様子で自然に放った。
その言葉に、胸の奥が温かくなった。
◇◆◇◆
「ねぇ、冬野さん、今度は僕がお勧めしたい小説があるんだけど、よかったらまた今日みたいに話せないかな」
校門で別れた直後、私の背中に向かって空人君が言った。
正直驚いた。
よく知りもしない相手に対して空人君から誘うなんて、想像もしてなかった。
これも出会い方が変わったことによる、変化なのかな。
すっかり押し切られてしまった軸がブレブレな私の心は、友達としてなら関わってもいいのかな、と思った。
「ん-、そうだなぁー。
それも悪くないかもね。
でも、アキト君の望む感想は言わないかもよ?それでもいいの?」
「それこそ小説を語るときの醍醐味でしょ」
少年のように目を輝かせながら空人君が言った。
小説のことになると、ほんとに君は生き生きするねぇ。
「そっか、それもそうだね。
じゃあ、明日その小説持ってきて。
また、日が暮れる頃に教室で待ってるから」
「わかった。
じゃあ、また日が暮れる頃に教室で」
こうして、私の中の“死守線”が大きく一歩後退した。