———————————————————
「俺のクラス良い奴ばかりだから。」
“一周目”でも加藤先生は私に言った。
良い奴・・ね。
そうですか。
心の中で本音が漏れた。
「そうなんですか?
すごい楽しみですっ!!
これからよろしくお願いしますっ!!」
心のどこかで、ガリッと音がした。
教室に入ると、皆が好奇心に満ち満ちた目でこっちを見ていた。
さて、まずはどの人に取り入ろうか。
後期からだとグループは出来上がってるから、慎重に見極めないと。
私の目は、そのような観点でしか人を見極められなくなっていた。
というより、そのような観点においては卓越した目を持っていた。
だからこそ、窓際の一番角の“異質な存在”にはすぐ気付いた。
私の目には、彼だけ“色”が無いように映った。
「仲良くなりたい」
「可愛い」
「どんな人なんだろう」、
そんな色とりどりの視線が私に注がれる中、彼は私を見てすらいなかった。
どこまでも深い黒の眼差しで、ただただ窓の外を見つめていた。
私の転校という“イベント”に対して、「くだらない」と言っているようだった。
普通の人ならここで彼に対して“良い印象”を抱かないと思う。
だけど私は、その希望を感じさせない漆黒の瞳を持つ彼の横顔に一瞬で引き込まれた。
◆◇◆◇
一周目の私は、お得意の八方美人を演じ続けて、すぐにクラスの中心的な存在へと上り詰めたのだが、そんな私でさえ一週間経っても彼とは話しすらしたことがなかった。
気が付けば私は彼を目で追うようになっていた。
「あいつの事、気になる?」
ある日の昼休み、この学校に来て初めて私が話した男の子、壱也君がそんな私の視線に気づいた。
実は一周目の最初は壱也君が苦手で、それを顔に出さないように必死だった。
あの人のなんでも見透かしたような眼。
そして全てを察した上で、差し出してくるあの無条件な優しさが怖かった。
必ず裏がある。
私なりの“歪んだ正解”を導き出す過程で、同時に歪んでしまった私の全てに対する思考回路が、“信じたい”という私の微かな純心を阻害していた。
「葉山空人。
“空”の“人”って書いてアキトって読むんだよ」
そんな私を他所に、壱也君は勝手に彼のことを私に紹介した。
「へー。
変わった書き方の名前なんだね」
相変わらず本を読んでいる空人の方に視線を固定したまま返事をした。
へぇー。
“空っぽの人”ってことね。
不思議と彼の名前はすんなり私の中に入ってきた。
「まあ、実際ちょっと変わった奴だけどな。
でも・・“悪くない”奴だよ」
「へぇー。良い人なんだね。
話してみたいなー」
“悪くない奴”とあえて強調するような言い方が、私の本心を見透かしてるようで少しムカついた。
でもその時、彼と話してみたいと思ったのは本心だった。
他の人に聞いても、不思議と葉山空人という人物を悪く言う人はいなかった。
これだけ周りとのコミュニケーションを絶っている人が、悪く言われないのはなぜなんだろう。
大抵そういう人は、根暗だとか、気持ち悪いだとか、そういうことを陰で言われるのが普通なはずなのに、皆が口を揃えて言うのは「よくわからないけど、悪い人ではないと思う」ということだった。
“光無い眼差しをもつ善人”という、今までの私の経験則から外れた人物像に私はますます惹かれ、気付けば席を立っていた。
一歩一歩、歩みを進めるたび皆の視線が私に集まるのが分かった。
でもそんなこと一向にかまわない。
注目を浴びる事には慣れてるから。
そして、進行方向が窓際の一番後ろだと気付くと、皆がヒソヒソと話し始める。
それもかまわない。
何とでも言えばいいよ。
その時、私は完全な直感に支配されていて、歪んだ信念が介在する余地など無かった。
とにかく彼と話がしてみたい、その純粋な気持ちがその時の私の原動力となっていたんだ。
ピタッと彼の机の前で止まる。
でも、彼は微動だにしない。
気付いていないのかな。
それとも、他人が自分に用があるわけない、とか思ってるのかな。
軽く咳ばらいをした。
「ねえ。葉山君。だよね?
・・小説、好きなの?」
彼は話しかけられているのが自分だと気付くと、体がビクッと動いた。
「・・・・はい?」
———————————————————
これが、“私にとって”の空人君との真のファーストコンタクトだった。
“二周目”で初めて教室に入ったとき、私は遅くなった時間の中でそんな淡くて甘い瞬間のことを思い出した。
きっとあなたは、何回私と出会っても、私のことを見ないのね。
その、退屈そうに外を見つめる切れ長な目、頬杖をつく手の隙間から見える顔の輪郭、少し伸びて目にかかった癖っ毛。
全部、全部覚えてた。
きっと私は、何回あなたと出会っても、あなたのことを見つけられる。
そして、自分の事よりあなたのことを考えて時を過ごすことに幸せを感じるでしょう。
たとえ何回出会っても、どんな出会い方でも、やっぱり私は、
あなたのことが大好きです。
「俺のクラス良い奴ばかりだから。」
“一周目”でも加藤先生は私に言った。
良い奴・・ね。
そうですか。
心の中で本音が漏れた。
「そうなんですか?
すごい楽しみですっ!!
これからよろしくお願いしますっ!!」
心のどこかで、ガリッと音がした。
教室に入ると、皆が好奇心に満ち満ちた目でこっちを見ていた。
さて、まずはどの人に取り入ろうか。
後期からだとグループは出来上がってるから、慎重に見極めないと。
私の目は、そのような観点でしか人を見極められなくなっていた。
というより、そのような観点においては卓越した目を持っていた。
だからこそ、窓際の一番角の“異質な存在”にはすぐ気付いた。
私の目には、彼だけ“色”が無いように映った。
「仲良くなりたい」
「可愛い」
「どんな人なんだろう」、
そんな色とりどりの視線が私に注がれる中、彼は私を見てすらいなかった。
どこまでも深い黒の眼差しで、ただただ窓の外を見つめていた。
私の転校という“イベント”に対して、「くだらない」と言っているようだった。
普通の人ならここで彼に対して“良い印象”を抱かないと思う。
だけど私は、その希望を感じさせない漆黒の瞳を持つ彼の横顔に一瞬で引き込まれた。
◆◇◆◇
一周目の私は、お得意の八方美人を演じ続けて、すぐにクラスの中心的な存在へと上り詰めたのだが、そんな私でさえ一週間経っても彼とは話しすらしたことがなかった。
気が付けば私は彼を目で追うようになっていた。
「あいつの事、気になる?」
ある日の昼休み、この学校に来て初めて私が話した男の子、壱也君がそんな私の視線に気づいた。
実は一周目の最初は壱也君が苦手で、それを顔に出さないように必死だった。
あの人のなんでも見透かしたような眼。
そして全てを察した上で、差し出してくるあの無条件な優しさが怖かった。
必ず裏がある。
私なりの“歪んだ正解”を導き出す過程で、同時に歪んでしまった私の全てに対する思考回路が、“信じたい”という私の微かな純心を阻害していた。
「葉山空人。
“空”の“人”って書いてアキトって読むんだよ」
そんな私を他所に、壱也君は勝手に彼のことを私に紹介した。
「へー。
変わった書き方の名前なんだね」
相変わらず本を読んでいる空人の方に視線を固定したまま返事をした。
へぇー。
“空っぽの人”ってことね。
不思議と彼の名前はすんなり私の中に入ってきた。
「まあ、実際ちょっと変わった奴だけどな。
でも・・“悪くない”奴だよ」
「へぇー。良い人なんだね。
話してみたいなー」
“悪くない奴”とあえて強調するような言い方が、私の本心を見透かしてるようで少しムカついた。
でもその時、彼と話してみたいと思ったのは本心だった。
他の人に聞いても、不思議と葉山空人という人物を悪く言う人はいなかった。
これだけ周りとのコミュニケーションを絶っている人が、悪く言われないのはなぜなんだろう。
大抵そういう人は、根暗だとか、気持ち悪いだとか、そういうことを陰で言われるのが普通なはずなのに、皆が口を揃えて言うのは「よくわからないけど、悪い人ではないと思う」ということだった。
“光無い眼差しをもつ善人”という、今までの私の経験則から外れた人物像に私はますます惹かれ、気付けば席を立っていた。
一歩一歩、歩みを進めるたび皆の視線が私に集まるのが分かった。
でもそんなこと一向にかまわない。
注目を浴びる事には慣れてるから。
そして、進行方向が窓際の一番後ろだと気付くと、皆がヒソヒソと話し始める。
それもかまわない。
何とでも言えばいいよ。
その時、私は完全な直感に支配されていて、歪んだ信念が介在する余地など無かった。
とにかく彼と話がしてみたい、その純粋な気持ちがその時の私の原動力となっていたんだ。
ピタッと彼の机の前で止まる。
でも、彼は微動だにしない。
気付いていないのかな。
それとも、他人が自分に用があるわけない、とか思ってるのかな。
軽く咳ばらいをした。
「ねえ。葉山君。だよね?
・・小説、好きなの?」
彼は話しかけられているのが自分だと気付くと、体がビクッと動いた。
「・・・・はい?」
———————————————————
これが、“私にとって”の空人君との真のファーストコンタクトだった。
“二周目”で初めて教室に入ったとき、私は遅くなった時間の中でそんな淡くて甘い瞬間のことを思い出した。
きっとあなたは、何回私と出会っても、私のことを見ないのね。
その、退屈そうに外を見つめる切れ長な目、頬杖をつく手の隙間から見える顔の輪郭、少し伸びて目にかかった癖っ毛。
全部、全部覚えてた。
きっと私は、何回あなたと出会っても、あなたのことを見つけられる。
そして、自分の事よりあなたのことを考えて時を過ごすことに幸せを感じるでしょう。
たとえ何回出会っても、どんな出会い方でも、やっぱり私は、
あなたのことが大好きです。