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「ねえ空人君、これ見て!このスノードームすごい綺麗だよ!」
クリスマスの品を沢山そろえた雑貨屋に吸い込まれていった未羅が、五メートルくらい後を歩いている僕に大きく手招きをした。
「あんまり寄り道してると映画に遅れるよ」
そう言いながら時計を見ると、席を取った映画が始まるまであと五分もなかった。
「大丈夫だよ。
どうせ最初の十分は予告しか流れないもん。
あれ退屈で嫌―い」
下唇を突き出し、明らさまに駄々をこねるように未羅は言った。
そういえば、“一周目”の未羅は、よくわがままに振舞い僕を困らせることがあった。
きっとそのわがままに勝てない僕を面白く思い、あえてそうしていたのだろう。
「そういう問題じゃなくて、暗くなってから行くと他の人に迷惑掛かるじゃん」
「だって今日の午前中の時点で私たち以外の人、誰もいなかったじゃん。
こんな酷評されてる映画、物好き以外誰も見に来ないよ」
僕たちはクリスマスツリー点灯の時間まで映画を観て過ごすことに決めていた。
それは僕たちが共通で好きだった小説を映画化したものだったのだが、どうやらかなりの低予算で製作されたらしく、ネットでのレビューは最悪だった。
役者の演技が小説の登場人物に合ってないだとか、場面の切り替わり方が不自然すぎて話が全く入ってこないだとか、小説の世界観ぶち壊しだとか、それはもう酷い言われようだった。
じゃあなぜ最悪だと知っていてわざわざ憧れを崩壊させるリスクを冒しに行ったのかというと、それが未羅の望みだったからだ。
「世界が幸せに包まれる最高の日に、あえて最悪な思いをすることで、クリスマスに宣戦布告するのっ!」
未羅は楽しそうに言った。
「クリスマスに何か恨みでもあるの?」
僕が呆れたように聞くと、
「ううん、ないよ。
でも、こういうのって小説っぽくてよくない?
なんか、捻くれた登場人物とかがよくやりそう」
とおかしそうに答えた。
小説の登場人物に強いあこがれを抱いていた未羅は、このように何か意味が有りげな行動をすることがよくあった。
「そういうのは何か強い思いや信念があるからこそ意味が生まれるんだと思うよ」
「あ、なんかそのセリフ小説っぽい」
「はぁ・・もう行こ」
そう言って、僕は未羅の手を握り半ば強引に映画館へ向かった。
その映画館は、ショッピングモールの三階の角に位置するため、出入り口が一つしかなく、とてもごちゃごちゃしていた。
入り口付近でポップコーンを買い、チケットを係員に見せて通路を進む。
途中まではたくさんの人が居て流されるように歩いていたが、一番奥にある目的の七番シアターにたどり着くころには、既に誰もいなかった。
「あはは・・ほんとに誰もいないね」
苦笑いをしながら未羅は言った。
「まあ、原作ファンの間で不鑑賞運動が起こってたくらいだからね。
ニュースでも取り上げられてたし」
「そこまでくると逆に気にならない?」
「まあそれはある」
そんな会話をしながら、誰もいないシアターに入り、二人で購入した席とは異なる場所に座った。
そして映画の最中はあえて大声で笑ってみたり、手をたたいたりして、“二人だけ”という状況を満喫していた。
「ふふっ・・なんかいけないことしてるみたい!
でも、誰にも怒られないんだよっ。
なんか不思議。
癖になっちゃうかもっ」
映画の途中、足をパタパタさせ、前の座席を蹴りながらあえて大声で未羅は言った。
そうやってクリスマスに宣戦布告している時の未羅はとても生き生きとしていて、僕はそんな未羅に夢中だった。
レビュー通りで映画の内容が全然入ってこない。
そんなことを思っている僕は彼女の共犯者なのだろうか。
「きっとこんなことをしても怒られないよね」
そう言って、僕は未羅の不意を突くようにキスをした。
今思うと、恥ずかしさで顔を覆いたくなるが、この時は、自分が相当気障なことをしていると気づかないくらい未羅に夢中だったのだ。
「・・・うん。
二人だけだし、怒られないよきっと」
未羅もまんざらでもなさそうだった。そして、続けて
「私たち共犯者だね」
と、僕の肩に頭を乗せた。
そう。
あの時は、確かに誰にも邪魔されない二人だけの世界に僕たちはいた。
人知れず、二人だけ別世界に取り残されているようだった。
そして、もはや映画など重要ではなく、繋いだ手から伝わる熱でお互いの気持ちを確かめ合っていた。
実際、映画の内容はほとんど覚えていない。
ただ、そこまで悪くなかった気はする。
しかしこの後、本当に人知れず二人だけ別世界に取り残されることになってしまうことを僕たちは知らずにいたのだ。
「ねえ空人君、これ見て!このスノードームすごい綺麗だよ!」
クリスマスの品を沢山そろえた雑貨屋に吸い込まれていった未羅が、五メートルくらい後を歩いている僕に大きく手招きをした。
「あんまり寄り道してると映画に遅れるよ」
そう言いながら時計を見ると、席を取った映画が始まるまであと五分もなかった。
「大丈夫だよ。
どうせ最初の十分は予告しか流れないもん。
あれ退屈で嫌―い」
下唇を突き出し、明らさまに駄々をこねるように未羅は言った。
そういえば、“一周目”の未羅は、よくわがままに振舞い僕を困らせることがあった。
きっとそのわがままに勝てない僕を面白く思い、あえてそうしていたのだろう。
「そういう問題じゃなくて、暗くなってから行くと他の人に迷惑掛かるじゃん」
「だって今日の午前中の時点で私たち以外の人、誰もいなかったじゃん。
こんな酷評されてる映画、物好き以外誰も見に来ないよ」
僕たちはクリスマスツリー点灯の時間まで映画を観て過ごすことに決めていた。
それは僕たちが共通で好きだった小説を映画化したものだったのだが、どうやらかなりの低予算で製作されたらしく、ネットでのレビューは最悪だった。
役者の演技が小説の登場人物に合ってないだとか、場面の切り替わり方が不自然すぎて話が全く入ってこないだとか、小説の世界観ぶち壊しだとか、それはもう酷い言われようだった。
じゃあなぜ最悪だと知っていてわざわざ憧れを崩壊させるリスクを冒しに行ったのかというと、それが未羅の望みだったからだ。
「世界が幸せに包まれる最高の日に、あえて最悪な思いをすることで、クリスマスに宣戦布告するのっ!」
未羅は楽しそうに言った。
「クリスマスに何か恨みでもあるの?」
僕が呆れたように聞くと、
「ううん、ないよ。
でも、こういうのって小説っぽくてよくない?
なんか、捻くれた登場人物とかがよくやりそう」
とおかしそうに答えた。
小説の登場人物に強いあこがれを抱いていた未羅は、このように何か意味が有りげな行動をすることがよくあった。
「そういうのは何か強い思いや信念があるからこそ意味が生まれるんだと思うよ」
「あ、なんかそのセリフ小説っぽい」
「はぁ・・もう行こ」
そう言って、僕は未羅の手を握り半ば強引に映画館へ向かった。
その映画館は、ショッピングモールの三階の角に位置するため、出入り口が一つしかなく、とてもごちゃごちゃしていた。
入り口付近でポップコーンを買い、チケットを係員に見せて通路を進む。
途中まではたくさんの人が居て流されるように歩いていたが、一番奥にある目的の七番シアターにたどり着くころには、既に誰もいなかった。
「あはは・・ほんとに誰もいないね」
苦笑いをしながら未羅は言った。
「まあ、原作ファンの間で不鑑賞運動が起こってたくらいだからね。
ニュースでも取り上げられてたし」
「そこまでくると逆に気にならない?」
「まあそれはある」
そんな会話をしながら、誰もいないシアターに入り、二人で購入した席とは異なる場所に座った。
そして映画の最中はあえて大声で笑ってみたり、手をたたいたりして、“二人だけ”という状況を満喫していた。
「ふふっ・・なんかいけないことしてるみたい!
でも、誰にも怒られないんだよっ。
なんか不思議。
癖になっちゃうかもっ」
映画の途中、足をパタパタさせ、前の座席を蹴りながらあえて大声で未羅は言った。
そうやってクリスマスに宣戦布告している時の未羅はとても生き生きとしていて、僕はそんな未羅に夢中だった。
レビュー通りで映画の内容が全然入ってこない。
そんなことを思っている僕は彼女の共犯者なのだろうか。
「きっとこんなことをしても怒られないよね」
そう言って、僕は未羅の不意を突くようにキスをした。
今思うと、恥ずかしさで顔を覆いたくなるが、この時は、自分が相当気障なことをしていると気づかないくらい未羅に夢中だったのだ。
「・・・うん。
二人だけだし、怒られないよきっと」
未羅もまんざらでもなさそうだった。そして、続けて
「私たち共犯者だね」
と、僕の肩に頭を乗せた。
そう。
あの時は、確かに誰にも邪魔されない二人だけの世界に僕たちはいた。
人知れず、二人だけ別世界に取り残されているようだった。
そして、もはや映画など重要ではなく、繋いだ手から伝わる熱でお互いの気持ちを確かめ合っていた。
実際、映画の内容はほとんど覚えていない。
ただ、そこまで悪くなかった気はする。
しかしこの後、本当に人知れず二人だけ別世界に取り残されることになってしまうことを僕たちは知らずにいたのだ。