クスクスと静かな声で満面の笑みを浮かべ、そう口にした彼女を見た途端、僕は気づいてしまった。
 ・・・あぁ、だめだ、どうやら“至ってしまった”らしい。
 いや、ごまかし切れなくなったという方が正しいかもしれない。
 その笑顔をずっと見ていたい、他の人に知られたくない、本以外にはどんなものが好きで、何をすればその笑顔がまた見られるのだろう。
 急にあふれ出してきた感情はとどまることを知らず、脳内を一気に僕の知らない色で染め上げた。
 彼女が好きだ、という感情を確かに自分の意志として感じている反面、まるで他人の考えをのぞき見しているかのように冷静な自分がいた。
 そしてそれらの考えは交互にやってきて、それはアニメなどでよくある天使と悪魔が脳内で会話しているような感覚だった。
 ああ、冬野のことが好きだ・・・ちょっと待てよ、ほんとにこれは俺自身の感情なのか?といった具合に。
 とにかく、とても変な感じだった。
 まあ分かり易く一言でまとめると、冬野の言葉を聞いた僕の頭はお花畑状態だったので、図らずとも僕らは数秒見つめ合っていた。
 というより、僕が一方的に見つめていた。
 そして、満開のお花畑を一気に消し去ったのもまた冬野だった。
 恐らく僕の冬野に対する確信的な気持ちの変化が視線、いや表情で伝わったのだろう。
 どんな顔になっていたかは大体想像がつく。
 かなり気持ち悪かったはずだ。
 僕の気持ちに気付いたであろう冬野の顔は一瞬で青ざめた。
 こんな不安そうな冬野を見たことがない。
 彼女のチャームポイントである大きくて切れ長な目は泳ぎまくっていて、手は震えていた。
 一方で僕もそんな冬野に言葉を掛けられないでいた。
 口に出して「好きだ。」と言った結末がこれだったら、忘れてくれだのなんだの言えるがこの場合はどうしようもない。
 お互い何も口に出していないが気持ちだけは確かに伝わってしまい、加えてその結果が拒絶に近い反応だった場合、なんと声を掛ければよいのだろうか。
 もちろん、「急にどうした?」としらを切ることもできなくはなかったが、僕は何をしたかというと、何もしなかった。
 ほんとに、文字通り何もしなかった。
 一言も喋ってない状況を最大限利用した結果がこれだったのだ。
 冬野の選択に身を委ねたと言っても間違いではない。
 一言も喋ってないのは冬野も同じであるこの状況でうかつに口を開くと事態をあらぬ方向へ導きかねないし、もし僕からの好意に気づいた上でそれが迷惑だと感じていた場合、自分からその話題にあえて持っていくことはしないだろう。
 そうなると必然的に、この雰囲気を切り替えるために別の話題を切り出すはずだ。
 そして、たとえその切り出し方がどんなに不自然でも僕がうまく合わせるだけで、この場は切り抜けられる。
 自分でも判断を相手に任せるのは男として情けないと思うし、好きなら無理と分かっていても思いを伝えるのが男だ、とか世の中は言うだろう。
 自分でもそう出来たらいいとは思うが、そんなの理想論だ。
 前進はなくとも、とにかく今の関係の維持は絶対にしなければ、と僕は考えていた。
 共通の趣味について語り合えるのは素直に楽しいし、この学校の男子で冬野と二人きりの時間を一番過ごしているのは僕だろう。
 秘密の共有者。
 その立ち位置だけは死守したかったのだ。
 冬野は僕の顔から十五度くらい視線を下に傾け、次になんと切り出すか考えているようだった。
 次の自分自身の行動についての方針決まり、脳内が粗方整理された後にもう一度冬野に目をやると、が申し訳なさと拒絶されたことに対するショック、そして謎の罪悪感が込み上げてきた。
 「ごめん、冬野。こんな雰囲気にしてしまって」そう心の中でつぶやきながら見守るようにしていると、ついに冬野は少し震えている唇をゆっくりと開いた。
「えっと・・・お菓子食べよっか。」