白雪(しらゆき)、という名に変えてはどうでしょう?」

 (おさむ)青年の口から発せられた響きが何とも儚げで、あまりに自分自身に似つかわしくなかったため、おれは眩暈(めまい)を覚えた。

「おれの名に難癖(なんくせ)を付ける気か?」

 じろり、と下から()め付けてやれば、奴は慌てた様子で手を横に振った。つい先ほどまで散々おれを叩き伏せていた(こぶし)が、今はやんわりと解かれている。

「そういうわけじゃあない。立派な名です。」

 立派と口にする治は、今でこそこうして、人畜無害な笑みを浮かべている。おれを散々懲らしめ尽くした鬼の形相は、どこへ行ってしまったのか。
 こんななよなよとした男に負けたとは、にわかに信じ難いものである。

「けれど、君はもう、これからは悪さをしないと約束してくれたろう?
となれば心機一転。新しい名を、この僕が付けて差し上げようと思ったまでです。」

「何様のつもりか。」

 憤りかけたものの、今の名にはそれほど思い入れが無いことに気づく。むしろ長い月日を経て汚名となり果て、何となく以前から、その響きだけで良からぬものに思えて仕方なかった。
 きっかけが何であれ、おれは密かに転機を待っていたのかもしれない。となればこれは、まさしく好機である。

 そう。おれは負けたのだ。こんなただの人間の小僧の腕っ節に負けたのだ。
 あな恥ずかしや。なれば、奴の提案を甘んじて受け入れよう。

「…しかし、なぜ“白雪”なのだ?」

 口にするのも気恥ずかしいような、楚々(そそ)とした響き。
 だがそれ以上のことを治は、実に恥ずかしげも無く、たかだか一匹の白鼬(しろいたち)に過ぎないおれに向かって言ったのだ。

「君の毛並みが、雪のように白く好ましいからですよ。」

「………。」

 それは、おれが生まれて初めて受けた褒め言葉だった。